第三章:未来を盗む者

雷と別れ、夜の帰り道。

中川はふと、街角のコンビニに立ち寄った。


静かな店内に流れる、優しくも力強いメロディ――


♪ どんなに困難でくじけそうでも

 信じることさ 必ず最後に愛は勝つ♪


中川の動きが止まった。


「……KANの『愛は勝つ』だ。」


1990年の大ヒット曲。しかし、ここは1989年。

この時代には、まだ存在していないはずの楽曲だ。


棚の音楽雑誌をめくると、そこに見つけたのは、プロデューサーXの特集ページ。

さっき雷が言ってた人物だ!


「匿名の天才。音楽界の黒船、Xとは誰か?」


プロデュース曲一覧には――


「夏色」 by ミカン声


「愛は勝つ」 by 喜屋武大地


「愛情」 by ミライ(女性歌手)


明らかに、未来のヒット曲ばかりだ。

自分が知っている音楽の記憶が、まるでXに“盗まれて”いく感覚。


「これって……ただのパクリじゃない。未来を使って、名声を得ようとしてる……」


怒りとともに、公園のベンチに腰を下ろし、独り言を言う。


「音楽って、そういうもんじゃないだろ……」


「君、Xのことを調べてるのかい?」


唐突に声をかけてきたのは、地味な背広にレンズの大きな眼鏡をかけた男だった。


「俺は牧田健一。週刊タイムタイムの記者だ。Xの音楽に、どうしても違和感があってね……独自に追ってる」


彼の語るX像は、こうだった:


常に一歩先を行くメロディ構成


リリースの速さと正確さは尋常ではない


本名・顔・居場所すべて不明


突如音楽界に現れた存在


「まるで“未来”を知っているかのように、音楽を生み出している」


中川は迷った末、自分の疑念を打ち明ける。


「……もしかしたら、Xは“未来人”かもしれません」


牧田は驚いたように目を見開いたが、すぐに冷静に言った。


「面白い。だが俺は、証拠を求める主義だ。協力しないか?」


中川はうなずいた。ここに、自分と同じ“違和感”を抱いた仲間がいる。

今は信じてみてもいいと思えた。


中川は身分証もなく、現金も未来のものしか持っておらず、この時代に身を寄せる場所が必要だった。

牧田は言う。


「うち、今は一人暮らしだ。ちょっと狭いけど、部屋は余ってる」


こうして、中川は記者・牧田の家に居候することになる。


小さなアパートの一室。壁にはスクラップとレコード。

古びたコタツ、新聞紙の束、ファンヒーターの音。


中川はこの「古い世界」に少しずつ馴染み始めながらも、心には一つの強い問いが残っていた。


――プロデューサーXは、なぜ未来の音楽を"この時代"で再現しているのか?


そして――


次は、どの未来の曲が奪われるのか?


牧田の家――狭い6畳間に並べられた段ボールと雑誌の山。

週刊誌、音楽評論誌、レコードの販促用チラシ、VHSテープ。


「これがXに関する、俺の“全部”だ」と牧田は言った。


中川は目を輝かせながら、一つひとつ手に取っていった。

テレビのインタビュー映像が入ったビデオテープを再生する。


砂嵐のあと、画面に現れたのは――黒い仮面をつけた人物。


背広のような服。仮面には銀のライン。顔は見えない。


だが中川は、すぐに気づいた。


「首と手のしわ……推定年齢は40代。若者ではない。なのに、なぜ未来の若者向けの曲を知っている?」


映像の声は落ち着いていて、ゆっくりと話している。


「訛りがない……東京出身か? いや、それとも“訛りを消している”?」


中川の頭の中で、音声・表情・情報の断片が組み合わさっていく。


「この話し方は……自信というより慎重さだ。“言葉を選んでる”。」


中川は推理をまとめた。


年齢は40代前後


東京圏の出身、または意識して方言を抑えている


情報が漏れるのを極端に恐れている慎重派


表には出ないが、戦略的に表現の場を支配するタイプ


牧田は、煙草をくわえながら静かにうなずいた。


「俺も似た印象を持った。だが、本人に直接会った人間は……いないか、口を閉ざしてる」


「でもな、一つだけ妙な証言があるんだ」と牧田が切り出す。


Xが初めてレコード会社に現れたときの話だった。


「突然現れて、2人組の男を連れてきた。彼らの演奏をカセットで流したんだ。で、その場で“デビュー即決”。」


「それ、つまり……Xは演奏者ではない、ってことだよね?」


「その可能性が高い」と牧田は頷いた。


つまり、Xはプロデューサーでありながら直接の演奏者ではなく、

未来の楽曲を使って誰かに“代理で演奏”させている――?


「……もし、僕がこの時代に来てなかったら、“未来のギターテク”をXに買われてた可能性もあったってこと?」


寒気が走った。


中川はふと、矢上雷の顔を思い出した。


まさか――雷が“彼らの次”に狙われる可能性は?

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