第6話
それから数日後、首都圏の米価は一時的に落ち着いたかに見えた。だが地方では、在庫がもたず、配送の滞りも起き始めていた。何より、備蓄米の残量が、瀬川の予想を下回るスピードで消えていた。このままでは、一挙に米価は高騰する……。
「このままでは秋までもたない……。何とかしなければ」
瀬川は手元の数字を睨みながら、独りごちた。
その視線の先で、政府の命脈を握る備蓄倉庫が、次々と空になっていく様が見えていた。
ある朝、省内でいつものように執務をこなしていると、農政族のベテラン議員・田淵がふらりと現れた。党本部でも発言力を持ち、JAや地方自治体への影響力も強い男だ。
「瀬川くん。あまり独走すると、君の将来に響くよ」
田淵は、低く響く声でそう言った。
「国民が米を食べられないでいる時に、“将来”ですか?」
「政治家ってのはね、将来のために今を選ばなきゃならんのだ。米価が落ち着けば、みんなこんなことは忘れてしまう。だが、農村票を失えば、次の選挙はないぞ」
「いまはそれどころじゃないでしょう」
田淵の目が細くなった。「君、まさかカリフォルニア米輸入の話をまだ諦めていないんじゃないだろうね?」
瀬川は答えなかった。答えなかったことで、すでに田淵は答えを得ていた。
「よせ。外米を入れるなら、君を潰すことになるぞ」
数日後、週刊誌が大臣の“過去の金銭疑惑”を大々的に報じた。
記事は十数年前の、地方県政時代の補助金事業に関するもので、真偽は不明だった。しかし、記事の出所は瀬川の目には明らかだった。誰かが“潰し”にかかっている。
その夜、再び非通知の電話が鳴る。
「これは始まりです、大臣。あなたの行動が正しければ、必ず本丸が動く。あの国が……」
「あの国?」
「オリエント帝国――次の手は、まだ打たれていません。だが、備蓄米の放出を焦らせたのは、連中かもしれない」
電話はそこで一方的に切れた。
(オリエント帝国?なぜあの国が?この米騒動に何の関係がある?)
瀬川は不安を感じた。
オリエント帝国。数十年前に建国されたユーラシアの半分以上を勢力に置く大帝国。その勢力は、ヨーロッパや中東の一部にも及んでいる、現代のモンゴル帝国ともいわれている巨大帝国。
外からの影が、ゆっくりと国家を包み始めているのに、まだ誰も気づいていなかった。
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