第3話 勇者レイクリスの場合



「勇者レイクリスよ!ご苦労であった」

バルバロッサ王は、そうねぎらいの言葉をかけた。


「いえいえ、とんでもございません。魔王を倒すことが出来たのも、王のお力添えと、仲間のサポートがあったからこそ。とても私一人の力では成し遂げられるものではありませんでした……」


俺――つまり、勇者レイクリスこと(日本名:田中和明)は、謙遜してそう言った。


ここは異世界アースガルドにある、バルバロッサ王国だ。おれは数ヶ月前、この王国の魔術師によって召喚され、魔王を倒すことをお願いされたのだ。そして、ようやく魔王を倒した俺は、晴れて元の世界へ帰れることになったのだった。


それにしても、名前は和明なのになぜレイクリスなのか。それは、俺にも謎だったが、たぶん、勇者っぽくないとかそんな理由に違いない。


「なんと慎み深い男なのだ、レイクリス。お前がこのままこの世界へ留まってくれるのなら、ワシの娘、レイア姫をお前の妃としたというのに」


そういって王は、深々とため息をついた。


「まあ、送還の儀は、本日の夜22時に執り行われる。夕食くらいはゆっくりと食べて行ってくれ。冒険の仲間と、旅の思い出などを語り合いながらな」


送還の儀は準備に時間がかかるので、パーティはその待ち時間で行われる。このパーティは、レイクリスが一度でお別れを済ませられるよう、バルバロッサ王のはからいで企画されたものであった。


そういいながら、王は宴の開始を告げた。


宴はビュッフェ形式で提供されていて、みんなが立食で団らんしながら飲食していた。


今日の料理は本当に豪華だった。

山海の珍味が盛りだくさん。いくら資金を持っていたとしても、王でなければ、これだけの料理を集めることは出来なかっただろう。


希少食材だけでもざっとあげると、


レッドドラゴンのステーキ

ユグドラシルの木の芽炒め

ヨルムンガンドのスープ

リヴァイアサンの煮付け

カトブレパスのワイン煮……等々


数え切れない種類の珍しい料理が並んでいたのだった。


「よぉ!レイクリス!食べてるか?」


レイクリスが声のする方へ振り返ると、一緒に魔王討伐に赴いた、剣士レグルスが立っていた。


「ああ、レグルス。世話になったな」


「こっちもな」


そう言って、俺たちは固く握手を交わした。


「それにしてもいっちまうのか、寂しくなるな。大賢者アイリスが泣いてたぞ。お前が元の世界に帰っちまうっていうからな」


大賢者アイリスは、レイクリスのことが好きなのだった。


俺は、彼女の気持ちを理解してはいたが、これから元の世界へ戻る身。変に期待を持たせたりしたら、余計に彼女を悲しませることになる。俺はそう思って、彼女には常に一定の距離を保っていたのだった。


「お前の気持ちはわかるぞ。だがな、アイリスだって女なんだ。お前があっちの世界に行ってしまったらもう会えないんだ。そう思うあいつの気持ちを考えてみろ。そりゃあ、心が張り裂けそうだと思うぜ」


そういわれると俺の胸は痛んだ。


確かにアイリスはいい娘だ。大賢者としての腕前はもちろんのこと、とても献身的で奥ゆかしい。日本人の俺としてはグッとくる所だ。


それにアイリスは美人だ。それに胸も大きい。Dカップくらいだろうか。大きすぎず、小さすぎず……まさに、理想のオッパイだと言えよう。


確かに、超絶強くてカッコいい勇者の俺の子種を宿したい気持ちはわからないでもないが……。


「いかん、いかん!妄想が、暴走している!」


俺は顔をバンバンと叩いた。偉そうなことを言っているが、俺はまだ童貞なのだ。いずれ元の世界に帰るから手を出さないというのは建前で、本音を言うと、緊張して手を出すことが出来なかっただけなのだった。


「はあ〜。俺だって、元の世界に戻ったらただの高校生なんだからなあ。あんな美人に惚れられることなどないのかもしれないけど」


正直もったいない!


そんな心残りを感じていた時。


「レイクリス。どうしたの?そんなに思い悩んで」


アイリスだった。


「あ、あ、あ、アイリス。うぐっ」


邪なことを考えていた最中だったので、ビックリして肉をのどに詰めてしまった。


アイリスは、俺の背中をさすりながら、


「大丈夫?レイクリス?」


「ああ、大丈夫、大丈夫。さすってくれてありがとう」


俺は涙目になりながら、アイリスに笑いかけた。


「いいのよ、そんなこと。こっちこそ、急に話かけてごめんなさい」


そう言ってアイリスは笑った。


「アイリス、今日はすごいご馳走だね。何かたべたら?」


するとアイリスはかぶりを振って


「私、食べたくないの。だって、今日であなたとお別れなんだもの」


アイリスはそう言って俯くと、その美しい瞳に涙を浮かべた。


俺は動揺した。


「アイリス、泣くな、泣くなって。俺まで悲しくなるだろ」


そう言って俺は彼女の肩に手を置いて宥めた。アイリスの肩は柔らかく、童貞の俺には刺激の強いものだった。


「うっ!」


俺は鼻血を出してしまった。


アイリスは驚いて、


「レイクリス?大丈夫?」


「ひがふが……」


俺は血で鼻が詰まってうまく話すことが出来なかった。


「レイクリス!とりあえずこちらへ!」


そういうとアイリスは俺の手を引っ張って会場の外へと連れ出した。


「ア、アイリス、一体どこへ?」


「レイクリス、私の部屋に薬箱があるわ、大丈夫。任せておいて」


「いや、それは逆に大丈夫じゃないというか!」


王城で借りている部屋だとはいえ、女の子の部屋に入るのは初めてなのだ。逆にダメだわ。


「ア、アイリス!大丈夫だから!一人にしといてください!」


「何言ってるの?レイクリス。もうこれでお別れなんだから、最後くらい甘えていきなさい」


アイリスはそう言うと、有無を言わさず部屋へと連れて行った。そして、俺はアイリスのベッドに腰をかけて、アイリスから治療を受けていた。


「もうこれで大丈夫よ」


アイリスが顔の血を拭いてくれて、薬を塗ってくれているのだが。


顔が近い!


それにふとももが当たってますから!


俺の心臓は早鐘のように打ち、呼吸困難に陥っていた。


「レイクリス!どうしたの?なんだか顔が赤いわ!」


「いや、だから!アイリス!近いって!胸が……当たってます……けど!」


その頃には、俺の分身はきよつけの姿勢になっていた。


それに気付いたアイリスは赤面していたが、何を思ったか、急に力一杯、俺を押し倒してきた。


「レイクリス様!お許しを!」


「ああーっ!」


俺は思わず叫んでいた。





ここは、召喚の間。


城の魔法使い達が、レイクリスを元の世界へ帰すための準備を終え、レイクリスの登場を待っていた。召喚の間という名前だが、送還もここで行われる。


「遅いですね、勇者レイクリスは。どこに行ってるんでしょう?」


「パーティ会場で体調を崩したらしくて、席を立たれたみたいでしたが……」


「そろそろ、元の世界へお送りするお時間なんだが……誰か探して来てくれないか?」


「わかりました、それでは私が」


魔法使いたちがそんなことを話していると、レイクリスが姿を現した。


レイクリスは、晴れ晴れしたような、疲れたような、嬉しいような、残念なような、よくわからない顔をしていた。


「遅くなってすまない。それでは、お願いしようか」


そう言って、俺は魔法陣の上へと立った。


「それでは勇者様。名残惜しくはありますが、お別れです」


「ああ、君たちには本当に世話になったな。みんなにもよろしく伝えておいてくれ」


魔術師たちは、そう言って別れを告げると所定の位置に立って、魔法陣に魔力を注ぎはじめた。


すると、魔法陣が光り出し、送還魔法が起動し始める。


やがて、レイクリスの前の空間に裂け目が生まれ、徐々に大きくなっていった。そして、その裂け目が人の倒れるくらいの大きさになった時、レイクリスは振り向いてお別れを言った。


「では、おさらばだ、みんな!元気でな!」


「レイクリス様も、お元気で!ありがとうございました!」


魔術師たちは涙を流しながら見送っていた。


レイクリスは最後にひとつ微笑みを残して、ゆっくりと白い裂け目の中へと入って行った。


その時である。


召喚の間に疾風の如く現れた、一つの影があった。


その影はマントを翻し、ひょうと飛びあがると、あっという間に、魔法陣の前へと飛び降りた。


アイリスである。


「アイリス様!!!」


一体何を!と驚く魔術師たちを後目に、


「みんな、ゴメン」


そう一言いい残して、アイリスは白い空間の裂け目へと飛び込んでいった。


「あああああーーっ!」


「アイリス様っ!」


魔術師たちが叫ぶ声もむなしく、空間の裂け目は閉じてしまったのだった。



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