第2話 そのころアントニオは


文化人類学者のアントニオは、夢の中で神様からのお告げを聞いた。神の力が発動され、昨日食べた生き物にされるという、神罰の話だ。


だが、朝、目を覚ましても、アントニオの体は普通に人間の体だった。


「昨日の神のお告げでは、昨日食べた食べ物の姿に変えてしまうと言っていた気がするが」


そういいながら、アントニオは目をこすった。


アントニオは、アメリカの大学で人類の進化について研究している。


今日はその研究の一環で、某大陸の森の奥地に住む、原住民の村に滞在していた。

昨日、村に到着したアントニオたち一行は、村人に食事や酒などの歓待を受けた後、一室を与えられて就寝していた。


「おかしいな。僕が食べたのは、昨日出された原住民の料理だけなんだが」


アントニオが眠い目をこすっていた頃、村人の一人が朝ごはんの案内にやって来た。村人は顔じゅうになにやら模様が描かれた装飾がされており、全身は裸。かろうじて陰部だけは葉っぱで隠されていた。


「お客様、朝ごはんの準備ができましたで、広場の方まで来てくだせえ」


「ああ、わかった。ありがとう」


そう言うと、村人は去って行った。


アントニオは、村人を見送ると、ふと、小首をかしげた。


「妙だな。この村は人間ばかりだ。あの神のお告げとやらは、もしかして夢? だったのかな」


そう思いながら、アントニオは立ち上がって広場へと向かった。


広場の方へ近づいて行くと、村人が叩く太鼓の音が聞こえてきた。

焚き火を中心に村人が集い、円を描きながら原始的な踊りを踊っている。

朝からみんな元気なことだ。


「お客様。さ、さ、こちらへ」

「ああ、どうも、どうも」

アントニオは、用意されていた椅子に腰をかけた。


アントニオが席に着くと、焚き火の真ん中に大きな土鍋のようなものが置かれていることに気がついた。


「あれは何かね?」

「ああ、あれは風呂でごぜいます」

「風呂?ずいぶんと大きいな。みんなで入るのか?」

「ええ、そうです、そうです。でも、お客さんが一番風呂に入る慣わしです」

「なるほど、客を立てる精神が根付いているのか。それは興味深い」


アントニオは、ふと、目の前に置いてある、四角い塊が目に入った。

「これは何かね?」

「あ、これですか。これは石鹸です」

「これが石鹸??」


アントニオには、どうみてもバターのようにしか見えなかった。


「こ、これはですね。どう見ても石鹸ですよ、ええ。間違いなく。ここは未開の地ですから、石鹸も脂分がおおくていけません。まあ、都会の石鹸と比べるとやわらかすぎるかもしれませんが、体に塗りたくって湯船に入ってもらうのが、この村のしきたりでございます」

「ふーん。変なしきたりだな」



しばらくして、小魚や干した昆布やシイタケ、乾燥したカツオを削ったものなどが、ドサドサ鍋に投入されている。


「あれは何かね?」

「あー、あれですか。えっと。あれはですね。そう! 入浴剤! 入浴剤でございます!」

「なんと!入浴剤とな!そんな文化がここに育まれていたとは」

俺はメモを探した。

「ない、ない、メモがないぞ!」

「お客様、どうなさったんで」


いや、メモ帳とペンがないのだ。


「すまんがちょっと、部屋へ戻ってくるぞ!」

「お客様、そんなの後でいいんじゃ」

「いや!思いついたことはすぐにメモをしないと、後でなんだっけ~?って絶対なるんだよ!それで、後でなんだっけ。思い出せないんだが!ってなるの!それだけは嫌なんだ」


そういうと、俺は村人が止めるのも聞かず、部屋へと戻っていった。


部屋へと戻っている途中、なんだか女の呻き声のようなものが聞こえたので、声のする小屋の中を覗いてみると、裸にされて吊るされている女を発見した。


「シルヴィア!」


「おおー、アントニオ! 助けて頂戴!」


「一体どうしたっていうんだ」


「あの村人たち、今日は私たちふたりを食べるつもりよ! 私はステーキに、あなたは鍋にする予定なのよっ!」


「なんだって!」


なんだかおかしいと思っていたのだ。アントニオは唸った。


「ということは、昨日食べた肉は人間の肉だったか!」


アントニオは、シルヴィアの拘束を解いた。


「モーガンの野郎はどうしたんだ」


「ああ、彼ならさっき食べられちゃったわ……」


「えーっ!食べられたって!」


「えーと、なんて言ってたっけ? 朝引きにして新鮮なうちに刺身で食べるんだとか言ってたわね」


「えらく残虐な連中なんだな!とにかくシルヴィア!さっさと逃げるぞ!」


「ええ!わかったわ、とりあえず、服を頂戴!」


そして、アントニオたちは、そそくさと村から脱走するのだった。


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