第2話
郵便屋は短距離無線のマイクに向かって囁く。
「こちらはPM1の艦長、リドリー・アンダーソン。ドッキング接続タイプはH1型。どのデッキに接続すればいい?」
目の前の巨大な球形ターミナルから、すぐに通信が返ってきた。
「P&L8型ターミナル、9番艦マーリンソンへようこそ。こちら案内官のケニー・フライです。第十六デッキにドッキングしてください」
「了解」
手慣れた動作で操作パネルに指を走らせる。各種制御が反応し、船体が静かに移動を始める。
「ドッキング準備完了。接続許可をお願いします」
「ドッキング許可、認証しました。これよりロックを解除します。接続をどうぞ」
その声とほぼ同時に、「16」と書かれた接続ドア上のランプが赤から緑に変わった。
後方から連結通路が伸びていき――ガコン、と船体が微かに揺れる。ドッキング完了だ。
「ドッキング完了。案内ありがとうございました」
通信を切り、郵便屋は船を降りる。
ターミナル内はゆっくりと回転しており、人工的に作られた重力が足元に重みを与える。
「あれ、PM1じゃないか。懐かしいな。まだ動いてるなんて、もう博物館ものだろ」
そんな声が背中に届くが、気に留める様子はない。
手紙受け取りセンターへ歩を進めると、50代ほどの郵便局員が声をかけてきた。
「2時間ぶりね。はい、次の荷物。この輸送には気をつけて。送り先は……えっ、P&L1? あんな型落ちのオンボロターミナルに? ご苦労さま」
そう言いながら、書類を渡し、肩を軽く叩く。
「P&L1形のターミナルなんて、今じゃあそこしかないから、いちいち名前を言う必要もないわね。うちの夫がいるから、ついでに挨拶してきてちょうだい。
あ、それと昨日話してた地図の最新データ。2ドルよ」
無言で財布を取り出し、2ドルを差し出す郵便屋。その表情は無風で、何かを返す気配もない。
「あなた、技術の話ならよく喋るくせに、仕事になるとほんとに無口ね〜」
軽口をよそに、彼は荷物とフロッピーを受け取り、再び無言で船へと戻っていった。
船に乗り込むと、荷物を貨物室に納め、地図データの入った新しいフロッピーディスクを古いものと入れ替える。
操縦席へ腰を下ろし、足元に置かれた《Fleetwood Mac》と書かれた小さな箱を開けた。一本のカセットテープを取り出し、挿入。
カチリとボタンを押すと、やがて船内にくぐもったギターと歌声が流れ始める。
「And a memory is all that is left…」
その歌に合わせて、小さく口ずさむ。どこか遠くを見るような目つきだった。
しばらくして、目の前のモニターに地図が更新される。彼は再生を止め、無線のマイクに手を伸ばした。
「第16デッキのPM1です。これより発艦します。連結通路を外すので、エアロックを閉めてください」
返答を待たず、手元の操作パネルを押す。エアロックが音を立てて閉まり、
ガコンという音とともに、郵便船はターミナルとの接続を断ち切った。
船体が静かに後退していく。
ターミナルがゆっくりと遠ざかっていった。
推進力が徐々に増し、PM1はワープ速度への移行準備に入る。
古びた機体がわずかに唸りを上げ、重力バランサーが低く震える。
そのとき――
貨物室に置かれた配送用の段ボール箱が、小さく音を立てた。
ギュアン……と、何かが中で動くような音。
だが、操縦席にいる郵便屋はそれに気づくことはなかった。
彼は計器のチェックに集中し、ワープ航行の準備を整えていた。
やがて、船体の外殻が青白く光を帯び、宇宙に溶け込むように姿を消していった。
点と船 @nemuizou
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