霊災事例⑥ 失せ物探しの鏡

◼️ 死霊系モンスター報告書(概要記録)

報告者 : C級冒険者(ジョブ:騎士)

遭遇日時: 第七月十四日 午前一時頃

発見場所:星読みの廃館(天文塔跡地)・自宅

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◼️ 目撃内容(抜粋)

・旧魔導連盟がかつて使用していたとされる山間部の廃館にて、失せ物を呼び戻す鏡として知られる鏡へ祈願。

・行方不明となっていた実姉の名を唱えたところ、失踪から10年経過していたにもかかわらず、外見・声が一致する姉が帰還。

・帰還後の姉に以下の異常が確認された:

瞬き・呼吸・食事等の生理現象の不在

報告者の方を不自然に見続ける行為

感情変化の欠如

鏡に映る姿と実像の挙動が一致しない(鏡内の姉は常に背を向けている)

更に、報告者が就寝中、姉が包丁を不自然な構え方で持つといった危害行動を示し、報告者は緊急脱出。

現在姉とされる個体は所在不明。

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◼️ ギルド窓口への報告内容 詳細

 すみません、ちょっとお聞きしたいんですけど……その、星読みの廃館って、ギルド的に立ち入り禁止とか、そういう指定ってされてましたっけ?


 あ、基準を満たしていれば大丈夫? C級以上の冒険者なら禁止されてない? それなら良かったです。


 ええ、あそこです。旧魔導連盟の天文術派が使ってたっていう……今はもう誰も住んでない、山の上の廃墟。塔の上に大きな鏡があるって噂の……。


 昨日、そこへ行きました。そうですね。すみません、確認してから行くべきですよね。軽率でした。


 塔の中、想像よりずっと静かで、古いけど綺麗で……。風もないのに、天井から吊るされた星の形をしたモビールが、ゆっくり回ってたりして。でも、物音ひとつしないんですよ。なんか時間が止まってるみたいな感じで。とても神秘的でした。


 で、例の鏡、ありました。そうです。なくしたものを三回唱えたら、戻ってくるっていう噂の。


 北側の階段を上がっていった塔の最上階。壁の、ある一面に埋め込まれた、大きな楕円形の鏡でした。表面は黒曜石みたいに深い黒で……でも、ちゃんと自分の姿は映るんですよ。


 言われたとおり、静かに立って、なくしたものの名前を心の中で唱えて祈ってみたんです。

 

 あの鏡に祈れば、なくしたものが戻るって噂……あれ、本当でしたよ。確かに、戻ってきました。


 祈ったのは……十年前に行方不明になった、姉です。討伐任務中に消息を絶って、遺体も見つからなかったから。でも昨日、家に戻ったら、そこにいたんです。姉が。私を見て、微笑んで、『ただいま』って言ってくれた。

 見た目は全く変わっていませんでした。十年前と同じ姿、同じ声。……完璧すぎるほどに。明らかにおかしいんですけどね、彼女が居なくなって十年もたっているんですから。


 ……夜になって、違和感に気づきました。姉が、ずっと私を見ているんです。私が部屋にいても、台所にいても、少し目を離して振り返ると、同じ姿勢で、同じ表情でこちらを見ている。

 

 まばたきも、していないんです。一度も。


 食事も取らず、水も飲まない。寝ているふりはしますが……夜中、目が覚めて横を見たら、目を開けたまま、私の顔を見ていました。布団の中で、ずっと、音も立てずに。


 性格も全然違いました。怒るときは怒るし、笑うときは思い切り笑う、どちらかといえば感情豊かな人だったのに……今の姉は、感情の揺れがない。空っぽな感じがしました。まるで、どこかの誰かが外側だけ作ったみたい。


 ――その後、部屋の鏡をすべて覆いました。なぜか、鏡の中では、姉の姿が、こっちを見ていないんです。鏡の中では、ずっと背中を向けてる。向き的には違う角度で映るはずなのに。おかしいのはわかってるんですけど、せっかくいなくなった姉が戻ってきてくれたんです。ちょっと怖くはあるけど、もう一度いなくなるよりはましだと思って………。明らかな異変を無視し続けてしまいました。


 ……でも、今朝のことなんです。まだ薄暗い時間で、私はいつもより少し早く目が覚めました。

 

 寝室のドアが、少しだけ開いていたんです。いつもは閉めて寝るんですけど、その日はなぜか、わずかに隙間があって。


 その向こうに、姉が立っていました。部屋の中じゃなくて、ちょうど戸口に、影のように――。

 

 私はぼんやりと「どうしたの?」って声をかけました。だけど返事はなくて。


 代わりに、姉は、ゆっくりと手に持っていた包丁をこちらに持ち上げたんです。

 ……料理道具ですよ? でも、その持ち方が明らかにおかしくて。刃をこっちに向けて、肘をくいっと引いて、まるでどうやって刺せばいいかを試してるような……そう、まるで慣れてない人が、やり方だけをなぞってるみたいな。


 目が合った瞬間、私はぞっとして、逃げ出してきてしまいました。簡単な魔道具を使って、目くらましをして。寝室の窓から飛び降りて、ここまで来たんです。


 包丁を持ってこっちを見た時、やっと確信したんです。あれはもう、姉じゃないって。


 お願いです。

 あの鏡が、願いを叶えてくれたのだとしても、返してほしいんです。私の本当の姉を――そして、あれを、戻してほしいんです。

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◼️ 現象の推定

 王都南東【星読みの廃館】:

かつて占星術士ギラント・エルニアが拠点とした天文塔跡地。

現在は魔力汚染区域に指定され、立ち入り制限が設けられている。塔の最上階、観測室跡の「黒縁の鏡」にて怪異が発生。

・かつてこの塔を拠点とした魔星術師ギラント・エルニアが、自身の魂を鏡へ封じ込めたとされる。

・鏡は喪失という感情に強く反応し、対価と引き換えに物理的・精神的な現象を起こす。

・鏡の内側にはこれまでの願いと、その代償が積層されており、鏡の中へ取り込まれる事例も確認されている。

異名:《失せ物探しの黒鏡》《想念喰らいの黒鏡》


儀式内容:

・午後11時〜午前2時の間に廃館の最上階に入り、鏡の前に座る

・明かりを落とし、無音で1分間静止

・鏡に向かい、失せ物の名を3度、心の中で唱える

・現象発生:翌日、対象の失せ物が手元に戻る。


ただし、以下の異変が報告されている。

<発生例・対価(喪失)>

・家族の形見を取り戻した→その家族の記憶が消失→親族からの呼びかけに応答できなくなる。

・探索中に落とした魔剣が戻った→片腕の感覚麻痺(治癒不可能)。

・恋人からの指輪を探した→感情の欠如(愛情)→恋人の存在そのものに無関心になる。


※冒険者ギルドからの注意

・「どうしても取り戻したいもの」がある者ほど、鏡の呪に囚われやすい傾向がある。

・一度でも使用すると、鏡が夢や幻聴として語りかけてくる事例あり。

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◼️ 霊災等級(暫定)

三級

・該当個体は死者の姿を模して現れる擬似存在であり、明確な殺意を示す行動(凶器の所持)を取っている。

・完全に元の人物を模倣しており、高位の霊災/模倣体型と推測され、危険度が高い。

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◼️ 対応

・鏡の存在する最上階は、異界干渉物として封印処置対象に登録。

・報告者は安全保護下にて観察・霊障検査中。

・姉とされる個体は現時点で所在不明。同様の外見を持つ人物を目撃した場合、即時通報を要請。遭遇時は接触・接近を避け、指定魔法障壁の展開が推奨される。

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