霊災事例③ ノクターン・エイプ

◼️ 死霊系モンスター報告書(概要記録)

報告者 : F級冒険者

遭遇日時: 第七月・十四日 午前零時頃

発見場所: 月光の丘(北東区画・第三採取ポイント付近)

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◼️ 報告内容(抜粋)

・ルナティシア(花)採取任務のため、ギルド依頼を受けて月光の丘に赴く。同行者としてC級冒険者の叔父が随伴。

・到着直後、月明かりが唐突に弱まり、周囲が異様に暗くなる。風も虫の声もなく、音が消えたような静寂に包まれた。

・影の向こうに、猿型の魔物を発見。E級モンスター「フレイムモンキー」に酷似するが、全身が黒色で、明らかに異常な外見をしていた。

・攻撃時には四足に移行し、風のような速さで接近。C級冒険者による火属性攻撃を受けると沈黙のまま後退し、姿を消した。

・被害なし。花の採取は断念、即座に撤退。

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◼️ ギルド窓口への報告内容 詳細

 はい。ルナティシアってあるじゃないですか、そうです、月明かりの下でしか咲かない花。ギルドの依頼で、それを採取しに月光の丘まで行ったんです。よくある任務ですよ。僕はまだランクが低くて、戦闘系の任務には出られませんから。まぁ、今年中には討伐依頼もどんどんこなせるようになりたいな、って思ってますけどね。


 ここの丘は魔物もほとんど出ませんし、安全な場所です。出るとしてもせいぜいホーンラビットくらい。あれなら、僕でも逃げきれるし、やろうと思えば追い払うくらいはできます。だから心配はしてなかったんですよ。


 ただ、僕は未成年だし、夜中だと何があるか分からないってことで、Cランク冒険者の叔父が同行してくれました。


 問題はその後です。


 目的の場所に着いたんですが、どうも様子が変でした。ついさっきまで月明かりが照らしていたはずなのに、いつの間にか周囲が妙に暗くなっていたんです。最初は雲がかかったのかと思いました。でも、空を見上げてもその様子は無いし、それにしては空気が静かすぎました。風もなく、虫の声もぱったりと途絶えていて――音が、ひとつもなかったんです。


 光魔法のアイテムで足元を照らしていたせいで、周囲の異変にはすぐ気づけませんでした。…気づいたときには、


――影の向こうに、何かがいた。


 最初はフレイムモンキーかと思いました。あのE級モンスターの。体格や見た目が似ていたんです。でも、そいつは赤茶色ではなく、真っ黒。異様でした。次の瞬間、ぞっとしました。


 よく見ると、黒いフレイムモンキーのように見えたそれは、異様に長い手足で、関節が逆に曲がっているようで、地面を這うたびに骨がぎしぎし鳴っていました。毛並みはまだらで、ところどころ皮膚が爛れているようにも見えたし、逆さに裂けた口は、あごが外れているみたいにぶらぶらと開いたまま。それでも、息遣いひとつ聞こえなかったんです。


 目は、ぎらぎらと濁って光っていて、まばたきもせずに僕を見ていました。――何かを計っているかような目でした。


 不気味に、そいつは笑っていたんです。無言で、口だけを引き裂くように開いて。表情だけを、あきらかに人間の“笑い”に似せていました。

 でも、そこには何の感情もなかった。

 無理やり誰かから“笑い”だけを真似ているみたいで、ぞわぞわして、動けなかった。血の気が一気に引いて、ああ、これヤバいなって、本能が告げてた。


 その時、叔父が飛び出してきて、すぐに僕の前に立ちはだかってくれました。

 そいつは四足に切り替わって、風のような速さで地を駆けてきたけど――叔父が投げた火属性の魔法が命中して、やつは叫びもせずに後退していきました。声を出すどころか、口を閉じようとすらしないまま。


 逃げ出せたのは、あのとき叔父が冷静だったおかげです。僕ひとりだったら、確実に戻ってこられなかったと思います。

 あれはただの魔物じゃありません。敵意ではなく、悪意があるような感じがしました。人間をおもちゃと思ているような、そんな雰囲気です。


 結局、花のことなんて忘れて、叔父と一緒にすぐ引き返しました。叔父も勇敢に立ち向かってくれましたが、かなり怖かったみたいです。


 あんなの、普通の草原に出るような魔物じゃないです。あれが何なのかは分かりません。C級冒険者が単独で追い払えるみたいですが、元々安全な所にあんなのが居たら危ないですよ。叔父も、こんなに殺されるかと思ったのは久々だって言っていましたし、次も追い払える保証はありません。

 早めの対策をどうかよろしくお願いします。

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◼️ 現象の推定

・該当個体は既存モンスターではなく、死霊・呪性を帯びた擬態型魔性存在の可能性あり。

・精神的圧迫・恐怖誘導能力を備えている可能性。明確な敵意ではなく「悪意」を示す点が特異。

・付近の空間に異常(光量の減退・静音化)あり。周囲の霊脈または月光の干渉による結界効果との関係性も疑われる。

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◼️ 霊災等級(暫定)

等級:三等(監視対象)

・人的被害なしだが、攻撃性がみられた。

・高速接近能力と異常構造から、Dランク以下の冒険者では対応困難と推定。

・月光の丘という本来安全区域での発生は想定外であり、Cランク相当で対処可能と推測されるが、高めの霊災レベルに分類。

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◼️ 対応

・月光の丘の北東区画の採取任務を一時制限。

・該当区域において、霊視・結界測定班の派遣を要請中。

・火属性が有効打となったことから、派遣隊には炎系魔導士の随行を義務付け。

・該当モンスターの呼称仮称を「ノクターン・エイプ」と暫定登録。

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