一章
困った。
こんな事になるんやったら、アルバイトなんか、紹介するんやなかった。
事の発端は、去年、参加した塾の大学受験対策夏期特別講座だった。
随分、長ったらしいが、夏期特別講座だ。
特別講座は、年間、春期、夏期、冬期の三回実施されている。
中学を卒業する春休みから、参加している。
友達三人と、四人で一緒に参加している。
勿論、塾は、特別な事情が無い限り、毎日、授業をしている。
しかし、毎日のように塾へは、通っていない。
だから、長期休日期間には特別講座を受講している。
春休み、夏休み、冬休みに、実施される、特別講座のことだ。
友達三人のうち二人は、その塾へ毎日通っている。
授業も、受験対策の内容が盛り込まれているので、参考にはなる。
特別講座開講中は、講座受講者に対して、自習室が開放されている。
設備も充実しているし、快適に利用出来る。
塾が休みの日でも、自習室は利用出来る。
講座の最終日間際には、面談がある。
面談では、学習方法や進路についての聞取りがある。
そして、塾の進路指導員から、学習方法に付いて提案される。
しかし、その提案される学習方法に付いては、共感出来なかった。
塾の、ある講座を紹介し、目指している進路には最適だ。
と云って、塾へ通うように説得する。
つまり、毎日、塾へ通うように促すだけのように聞こえる。
これは、進路指導面談ではない。
毎日、塾へ通うように、勧誘するのが目的のように思えた。
ただ、塾には、目標としている大学の最新の傾向等の、情報量が豊富だった。
だから、高い受講料を支払っても、長期休日期間には、通うようにしている。
それで、春、夏、冬の長期の休日期間には、アルバイトを始めた。
友達の一人も、アルバイトを始めたそうだ。
その友達も、昼間、アルバイトをして、夜に塾の講座を受講している。
最近でこそ、教育無償化の議論が高まっているが、まだ、実現して居ない。
もう、間に合わない。
今後は、大学院まで進学するつもりだ。
修士課程、博士課程を経て、研究室に残りたい。
と思っている。
特に、医療機器の分野で、難病の治療に貢献できる素材の分野で、研究をしたいと思っている。
どれだけ学費が嵩むのか分からない。
少しでも学費の足しになれば、と思ってアルバイトを始めたのだ。
両親とは、学業に差支えない程度でなら許可すると了承を得ている。
最初は、自宅付近の「グリングラス」。
コンビニの店員だ。
毎日、四時に起床、学校の準備をして、アルバイト先へ向かう。
五時から七時半までの勤務。
アルバイト先から、学校へ向かう。
学校が休みの日、つまり、土、日曜日と祝祭日と長期休日期間は、十時から十七時までの勤務で、一時間の休憩。
長期休日期間のアルバイト勤務では、木曜日が休みだ。
勿論、当然だが、年間百三万円は超えていない。
そして、長期休日期間は、夜、塾へ通っている。
そんな日々を二年間続けている。
そして、去年の夏休みに、二十歳くらいの男の、新しいアルバイト店員が入った。
そのアルバイトの勤務時間は、十時に出勤した。
その時に、店長から紹介された。
名札には「たなか」と記載されていた。
その日、新人の男性とは、挨拶しただけで、会話は無かった。
しかし、二日後、今度は、十六時に「たなか」さんが出勤して来た。
他人事とは云え、どんな勤務形態になっているんだろう。
今回は、前回と違って、勤務時間中も休憩中も、愛想良く話し掛けて来る。
今、思えば、だが、その時は気にもしていなかった。
「どこの学校か」とか、年齢、自宅、家族や友達の事とか、色々と尋ねられた。
何も考えずに、尋ねられるまま、喋っていた。
しかし「たなか」さんも、自身の事を喋った。
今、浪人中だとか、出身は隣町の銅山市だとか、予備校へ通っている。
塾と同じ経営の予備校だ。
等と、私的な内容を喋っていた。
しかし、そのアルバイト店員は、僅か二週間で辞めた。
休憩時間に、店長と話しする事があった。
その時、店長の話しでは、「たなか」さんについて、不思議の事を云った。
勤務条件の希望は、曜日毎に、勤務時間帯を変えてほしい、という事だったらしい。
店が忙しい曜日や、時間帯を店長が提示して、「たなか」さんの要望を伝える。
それを検討、相談して、取決めたそうだ。
採用までに、随分、話合い、調整して採用したのに。
それが、僅か、二週間で辞めてしまった。
確かに「たなか」さんは、かなり慌ただしい時間帯の、勤務だった。
突然、辞められたので大変だ。
当然だが、慌ただし時間帯は、店長が店に立つ。
アルバイト店員に、指示をしながら作業をしている。
それでも、接客をこなしていると、作業が滞ってしまう。
当然、アルバイト店員は、残った作業を完了させる事になる。
結構なスピードが要求される。
店長は、早速、アルバイトを急募した。
貼紙を店の出入口、すぐ横へ貼った。
すると、その翌日、すぐに応募があったそうだ。
そして、出勤すると、店に新しく入った男の人を店長から紹介された。
その人の名札には「すずき」と記載されていた。
「すずき」さんは、初対面のその日から、積極的に話し掛けて来る。
年齢は、十八歳。
高校へは進学していない。
ずっと、アルバイトをしていたが、それも続かない。
何回目のアルバイト先か、分からないようだ。
その新人アルバイト店員は、私語が多い。
それも、店の悪口ばかりだ。
この店では、時間があれば、店舗の外、店の周りの清掃をする事になっている。
「今どき、店員が店周りを清掃しとるとこなんか、ないでぇ」
とか。
弁当なんかは、期限切れの前に、割引シールを貼っている。
「期限切れの弁当なんか、普通、アルバイトにくれるんやけどなぁ」
とか。
割引シールを貼っても、売れ残った物は、廃棄処分にしている。
喋っていた不満を挙げれば、切りが無い。
例えば。
時給が安い。
作業が多い。
作業途中の、接客が面倒だ。
トイレ清掃の徹底が厳し過ぎる。
来客に対する挨拶が、厳しい。
等々だ。
よくも、まあ、色々と、不満を並べ立てたものだ。
しかし、店の肩を持つ訳ではないが、「すずき」さんの悪口には、無理がある。
コンビニの場合、店舗周りの清掃は、店員が実施しているのが一般的だ。
スーパーなんかでは、業者に依頼しているのが一般的なのだが。
残った期限切れの弁当なんかは、勿論、期限が切れても、大丈夫だとは思う。
近年、食品ロスの問題が、報道番組で議論されている。
対策が必要なのは、充分、理解出来る。
しかし、店としては、万一、何かあった場合の事を考えての処置だ。
一概に、勿体無いでは、済まされない事だ。
最後に会った時、何時もと違って、笑顔で喋り掛けて来た。
「実はなぁ。ここの三倍の時給をくれるバイトがあるんや」
初めて見る、笑顔で云った。
「なんやったら、お前も、紹介してやるぞ」
と、声を顰めて云って帰った。
それ以来、会っていなかった。
店長が、ぼやいていた。
それもそうだろう。
アルバイトを始めて、僅か五日で、辞めてしまったのだから。
慌てて、アルバイト募集の張紙を何時もと同じ、出入口の横に張り出した。
「すずき」さんが辞めた翌日、アルバイトをしている友達から、連絡があった。
ただの近況報告だ。
他の二人は、アルバイトをしていない。
だから、こちらから、空いた時間に連絡できる。
アルバイトをしている友達とは、こうやって、時間を決めて連絡し合っている。
随分と、気を使っているな、とも思うのだが、都合があるだろうからと思い、こういう、取り決めになっている。
友達のアルバイト先も、「グリングラス」で同じだが店舗は別だ。
両親が、自宅の店舗で働いていて、近所の人に見られて、変な噂を立てられるのが、嫌だと云う。
それで、自宅から、少し離れた場所の店舗へ務めている。
友達の店舗では、充分、店員が足りている。
アルバイト店員も、皆、ベテランばかりで、逆に店長が、追い捲られている。
作業や接客の指導も、五十歳代の女性アルバイトさんから、指導を受けたそうだ。
作業自体は、多く処理スピードは、厳しく求められる。
実際、相当参っている。
「そっちは、どんなんや」
友達に聞かれた。
それで、どうもアルバイトさんが、長続きしない。
店長が、あたふたしているのが、常態化していると伝えた。
最近、入っていた、アルバイト店員の話しをした。
二十歳の浪人生の男性アルバイト店員と、十八歳の男性アルバイト店員の事だ。
二十歳の男性アルバイト店員は、二週間で辞めてしまった。
十八歳の男性アルバイト店員は、僅か、五日間で辞めてしまった。
その理由が、時給だった。
この店の時給の三倍、時給が支給されると云う話しだ。
「すずき」さんが辞めて、五日後、若い女性のアルバイト店員が入った。
年齢は、十九歳。
石鎚山大学の一年生。
名札には「きりしま」と書かれていた。
今でも、辞めずに務めている。
そして、今日は、友達の方から、連絡があった。
開口一番。
「ここの、三倍の時給が出るちゅう、バイト。教えてくれんか」
友達が云う。
本当かどうかは、分からないが「すずき」さんの連絡先を知っている。
だから、すぐ調べて、明日か明後日くらいに連絡すると伝えた。
どうしたのか友達に尋ねた。
すると、アルバイト店員の指導が厳し過ぎる。
とても、アルバイトに要求するようなレベルでは無い。
と云う。
勿論、最初は、内容は厳しいが、それなりに優しく丁寧だった。
作業マニュアル通りだ。
ところが、慣れてくると、何だかプロ意識丸出しで、更に厳しく接してくるのだ。
特に、おばちゃんのアルバイト店員だ。
他のアルバイト店員達も、この厳しい修行を乗り越えたらしい。
友達も、随分と努力したのだが、もう、限界かもしれないと思ったそうだ。
成程、よく聞いていると、新人のアルバイトが、長続きしないらしい。
その原因は、そこにあるのだろう。
確かに、マニュアルの徹底は、必要だが限度がある。
指導の方法にも、それなりの接し方があるだろう。
店長が、今のままでは、改善は望めない。
だから…
と云う事だ。
翌日、「すずき」さんに、連絡した。
どうかなと、怪しんだが、すぐに連絡が着いた。
連絡は、着いたのだか、「すずき」さんではなく、「須崎」さんだった。
やはり、ちょっと怪しいかもしれない。
とは、思ったのたのが、すぐ、友達に伝えた。
そして、その後、友達から、また、連絡があった。
友達も、ちょっと躊躇ったようだ。
そのアルバイト勤務当日、付いて行ってくれと云う。
紹介しただけ、なのに、とは思ったが、やはり心配で、付いて行く事にした。
当日、アルバイト先に、無理を云って休んだ。
だから、また、店長は慌てていた。
渋々、承諾してもらった。
「須崎」さんのアルバイトへ、友達に付き添って出掛けた。
待ち合わせ場所は、古条市内の事務所だ。
時間は、十五時だ。
指定された事務所へ行くと、あの「須崎」さんが居た。
作業の内容は、二十六個の小包をリスト記載の工場へ届ける事だった。
時間は、十九時までに、届け終えて、この待ち合わせ場所へ戻って来る事だ。
戻って来た時に、その日払いで支払う事になっている。
当然だが、二人で作業する場合も、一人分の賃金しか支給出来ない。
と、云って、小包とリストを渡された。
小包は、本当に小さかった。
一台の自転車の前籠、後ろの荷台に取り付けた籠に充分納まる。
届け先は、ちょっと遠いが、自転車で、三十分足らずで到着する。
近見山の麓の工業団地だ。
届け先は、全てその工業団地にある。
だから、楽勝だ。
二人で、工業団地へ向った。
二人で、小包を二十六軒に届け終えた。
友達が、一人で全部届るのにも、付き合った。
どの工業でも、事務所へ届けると、愛想良く対応される。
こう云えば何だが、全くイメージとは違っていた。
ただ、最後の一軒だけ、工場は閉まっていた。
「須崎」さんからは、閉まっている場合は、鍵の保管場所から鍵を取り、小包受けを開けて、小包を入れる。
小包受けの鍵を閉めて、鍵の保管場所へ戻すように、云われている。
鍵の保管場所は、リストの右端に記載されている。
時間としては、十八時に過ぎに終わっていた。
余裕で約束の時間までに間に合う程度の処理量だ。
古条市内の事務所へ戻ると、須崎さんが居た。
約束通り、六時間分の時給を受け取った。
早く作業が終わっても、六時間分の時給は保証している。
友達は、半分を渡してくれた。
初めは断ったのだが、今日のバイト代が入らないので、ありがたく頂戴した。
取り敢えず、何事もなく作業が終わって、安心した。
これなら、自分もやってみようかと思った程だ。
ただ、十九時まで、というのが、勉強を時間を考慮した場合の問題だった。
それで諦めた。
そうこうしている内に、二カ月近く経ったある日。
友達から連絡があった。
泣きそうな声で、窮状を訴えるのだ。
須崎さんのアルバイトの事だった。
一月程前から、賃金の支払が滞るようになった。
最初は、二、三回作業した後に支払われるようになった。
ただ、約束通りの賃金だったので、まあ、我慢していた。
そして、もう、全く支払われないようになった。
それでも、今日、事務所へ行ったが、事務所自体が無くなっていた。
初めの頃、アルバイトをしていなかった、友達二人も誘っていた。
友達二人も、個別に請負って、作業していたが、青ざめている。
アルバイト代が、入って来ないのも悔しいのだが。
何か、悪事に加担していたのではないか、と後悔しているようだ。
アルバイトをしていなかった、友達の一人が気付いた。
何時も、最後に配達している工場だ。
何時も閉まっいる。
他の工場は、時々、リストから外れたり、追加になったりしている。
しかし、閉まっている工場だけは、常に、リストの最後に記載されている。
もう一人の友達と一緒に、配達する時がある。
一緒に出発する日も、二人のリストの最後に、必ず、その閉まっている工場が、記載されている。
その工場の、小包受けの中に、何か、千切れた葉っぱが残っていた。
何の葉っぱだろうとも、思わなかったが、その時、もう一人の友達がやって来た。
思わず、千切れた葉っぱを摘まんで、ズボンのポケットへ押し込んだ。
それまで、忘れていた。
何日か後に、洗濯機に入れようとして、ポケットを確認した時に思い出した。
工場の状態が状態だけに、不思議に思った。
ちょっと気になったので、何の葉っぱが調べてみた。
と云う内容だった。
これは、どういう事だ。
とても危険な状態だ、という事は解る。
もしかすると、友達に、危険が及ぶかもしれない。
こればっかりは、おいそれと、他の誰にも、相談出来ない。
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