竜胆

歩けども、歩けども、たどり着くことはない。

ここは永久に続く道。そうは思いませんか?

あなたは見覚えのない人ですね。どうしてそんな顔をしているんです?


帰れない、道がわからないと?

でしたら私と一緒に行きましょう。

私も長い間、こうしてずっと歩き続けています。


おや、あなた。何か、口にしましたね?

それでは私とは違いますね。

え?この屋敷の者に勧められたのですか?

何を、口にしたのですか?


お茶。ですか。

ではまだ大丈夫かも知れません。

あなたは知らないのでしょうが、私が知っていることをお話しましょう。


この屋敷は恋人レンレンのものです。

いや、恋人そのものです。

あなたがどうしてここに入ってきたのかは知りませんし、理由も私には

関係がありません。

しかし、私は理由があってここに来たのです。

それをお話しましょう。


私は戦火を逃れて、屋敷の門を叩いたのです。

外は空襲で酷いものでした。その中で立派なこの建物だけが燃えずに

まるで何かから守られているように聳え立っている。そんな気がしたんです。

なので、私は尋ねたのです。

ここにいても良いか?と。雨宿りでもするような気分だった気がします。

思い出せば、本当に、ほんの少しの時間。

空襲から逃れられれば、それで良かったはずでした。


私はこの屋敷で恋人に会いました。

美しい人で、私を抱いてくれました。ああ、勿論男女のそれとは違いますよ。

ただ優しく赤子を抱くようにしてくれたのです。

その時、久しぶりにゆっくりと眠ることが出来たのです。


目が覚めた時、恋人はそこにいました。

夜通し、私を心配して頭を撫でてくれたのです。もう疲れきっていましたから

私は恋人に泣いてしまいました。縋って縋って縋って。


窓の外は晴れやかで、空襲などないように思えました。

しかし、窓を開ければ、外は曇天で火花が散っている。

私は町に残してきた家族を思いました。しかしもう死んでいるでしょう。

だって火の海の中を泳いで、ここまで辿りついたのだから。


そして今に至ります。

私はずっと恋人と共にいるのです。

あなたは理解できますか?

私はここでずっと外に出る場所を探している。

入ってきた扉が見つからないのです。


恋人はよく言います。

出る必要はない。ここにいればいい。

必要ならば全てが与えられる。

必要がなければいずれ。


ねえ、あなたはどこから来たんですか?

まだ道筋は覚えていますか?


ねえ、どこから来たの!


待って!行かないで!


私は!


一緒に連れていって!


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