カラメルの底にあるもの

コンビニのドアを押し開けると、ひんやりとした冷気が顔をなでた。

夜十時過ぎ。照明はどこか眠たげで、店内には私たち以外の客はいない。

静かな音楽だけが流れている。


「どれにしようかなぁ」


うたはデザートコーナーの前でしゃがみこみ、ずらりと並ぶプリンを真剣に見つめていた。

とろける、かため、ほろにが、なめらか。甘さの見本市だ。


「そんな真剣に選ぶもの?」

「うん。幸せの味って、ひとつじゃないから」


さらりと言う。まるで天気の話をするみたいに。


「……また名言っぽいことを」

「ほんとだもん。ほら、これとか。カラメル多めのやつ」


唄は指先で一つのカップを持ち上げ、


「ちょっと苦いけど、最後までちゃんと甘いの。人生に似てるでしょ?」


その横顔が、妙に大人びて見えた。


「じゃあ一つだけ買えばいいんじゃない?」


私がそう言うと、唄は一瞬「え?」という顔をして、それからにっこり笑った。


「一つじゃ足りないよ。幸せって、毎日食べないとすぐ減るんだよ」


そう言いながら、次々とプリンをカゴに入れていく。

一つ、二つ、三つ……五つ。


「ちょっと待って。そんなに買ってどうするの」

「朝のぶんと夜のぶん。それから“誰かにあげるぶん”」

「誰かって?」

「未来のわたしとか、今日の美琴みことさんとか」

「……どちらも冷蔵庫に入りきらないわね」

「入るよ。幸せって意外とコンパクトなんだよ」


その言葉に、私は反論のタイミングを失った。

こんな屁理屈みたいなことを、こんな真顔で言う人間がいるとは思わなかった。

でも、笑ってしまう。


「ほんとにあなたって……」

「天才?」

「……強いわ」

「え、褒めてる?」

「一応ね」


唄は得意げにカゴを揺らす。プリンが五つ、かすかに触れ合って揺れる音がした。

それが妙に心地よくて、私は気づけば笑っていた。


「……もう好きにしなさい」

「やった!じゃあ二人で食べよ!」


会計を済ませて外に出ると、夜風が少し冷たかった。

ビルの窓に灯る光が、プリンのカップ越しにぼんやりと反射している。

唄は袋を胸の前で抱えながら、ふと呟いた。


「プリンってね、幸せの味なんだ~」

「知ってる。さっき聞いた」

「でもね、食べる人が隣にいると、もっと幸せの味が濃くなるの」

「……糖分の摂りすぎね」

「それでもいいの。ほら、美琴さん、今日は甘い日でしょ?」


言葉が軽いのに、不思議と心に残る。

私はふと空を見上げた。

雨上がりの雲がゆっくりと切れて、遠くの星がひとつだけ光っていた。


――甘くて、少しだけ苦い。

唄の言葉も、プリンの味も、きっとそれくらいがちょうどいいのかもしれない。

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