第2話

「なーんか、辛気臭い顔してる」

「うっさいな……」

 お昼ご飯を向かい合って食べていると、佐々木が私に話しかけてくる。

 ……うーむ。

 彼女に好きな人がいるんじゃないかと聞かれてから、私はあまり冷静な状態とは言えない。どうして気付いてくれないんだとも思うし、どうやってアピールすればいいのかとも思うし、告白してしまっていいのかと悩んでもいる。

 二年生に上がるまで、佐々木と私の関係はほぼないと言っていい関係だ。仮に伝えるとして、二年以上ほとんど認知すらされない状態での告白になるわけで。

 そもそもの話、一緒に話しているうちに、なんて言っても、同性愛というものが受け入れられるのかが未知数。私がいくらもてていると言っても、あくまでそれは異性からのものだ。いないわけではないが、同性の友達が多くて女性からの支持を強く受けているわけでもない。普通に考えれば引かれるのが関の山。

 告白さえしなければ、同じ趣味を持つ友達として、私はきっと、友達でいられる。学年が変わってクラスが離れても、きっと。

 それらを天秤にかけて、私は選ぶ必要がある。告白をするか、しないかを。

「……この前、聞いてきたでしょ」

「? なんの話?」

 佐々木は、私が気を揉んでいることすら知らない。軽い会話で、それ以上の意味を、佐々木は感じていない。

 私が、本当に好きな人がいなくて……もしくは、佐々木以外に好きな人がいるのなら、私だって多分気にしない、のに。

「他に好きな人がいるんじゃないか、って話」

「ああ」

 ぽん、と、佐々木はあれのことかと手のひらを叩いた。なんかちょっとムカつく仕草だ。

「ぶり返すんだ? 告白する気になった?」

「ならないよ。ならないけど……ちょっと」

 心外だ、とは言わなかった。そう言ってしまうと、なおさら告白が難しくなってしまうから。

「当ててほしいってこと?」

「そんなわけないでしょ。そういうの聞かれるの、佐々木からは初めてだなって……一学期中は、何も言ってこなかったから」

 普通、最初に気になるものじゃない? そういう意味で私は彼女に問いかける。彼女はうーんと唸ってから、

「これ言うとちょっと怒られそうなんだよねえ」

 なんて宣った。

「怒られる?」

 聞き返すと、佐々木は頬を掻く。言い難そうに、でも、深刻そうではなかった 。

「まあ。木下はもてるじゃない」

「まあ……」

 否定しても仕方がないので、肯定する。

「そんで、この前ちょっと話したときもそういうイベントごとは嫌いじゃないって……だから、疑ってはいるのよ。でもさ、それ以降話題に出してないわけじゃん」

「そうだね」

「あんまわかんないっていうか……恋愛ごとに関心って、あんまりないんだよね」

「――ああ、そういう」

 彼女の先の発言にも納得がいく。怒られるというより、私がその発言に不快感を持つのではと佐々木は危惧したわけだ。確かに、質問しておいてそんなに興味がないなんて、ちょっと改めて言うには言い難い。

 そしてその言葉を引き出したことに、私は心の中で安心をする。踏み込むには早いと、佐々木の言葉はそう思わせてくれたから。

「別に怒ったりとか、そういうのはしないけどね」

「そ、それは何より」

 安堵したため息を漏らすのを聞いていると、彼女から私に対する信頼が伺えた。言い方を変えれば依存の感情にも近いけれど、残念ながら彼女の感情はそれほど重いものじゃあない。気にしているのは私の方だけだ。そうであったらいいと望む私の方が、佐々木に対して正しく依存している。

「まあ、じゃあなんで聞いたんだよという疑問は何も答えてもらえてないわけですが」

「最初から気にしてはいたってだけですよ」

「なぜ敬語」

「気分」

 ぐう。

 佐々木は、本当に雑談の種としか思っていなかったっぽい。中学生の頃から本の虫だったわけで……本当に、本以外のことに対しての関心が薄いようだ。

 ところで、これまで言及を避けていたが、彼女は普段丸い眼鏡をかけている。のび太君のよう、と表現するのが正しい、なんともテンプレートな丸眼鏡。

 私が見かけたときは眼鏡をしていなかった。というか、読書をするときは眼鏡をかけない。彼女が人の話題に上がらない理由は、その八割ほどが彼女の魅力を隠してしまう眼鏡にあるように、私は思っている。

 私と放課後話すときにも、彼女は眼鏡を外している。それはつまり、彼女は容姿に対して無頓着で、自分を隠すような意図で眼鏡をつけているわけではない、ということだ。それは先の発言にもつながってくるものだったので、あの発言だって「だろうな」とは感じた。言質を引き出すことで確信を得られたので、悪いことだとは思っていないけれど。

 もし彼女が眼鏡をかけないような人間だったのなら、という仮定に意味はない。彼女は読書するときは眼鏡を外す。その顔をじっと見られるのは私の特権。それでいい。それだけが、私だけの特権。

 佐々木とは極端に読書の趣味を合わせてはいなかった。彼女は恋愛系を好んでよく読む。それは恋愛に対して関心がないという発言と矛盾するようで、彼女の中では矛盾しないことだった。だからといって、ミステリやサスペンス、SFなんてジャンルを否定するわけでもなく、雑食の中でも……という程度。彼女に合わせることが気恥ずかしかったのもあるけれど、私にも好みというものはある。それも傾向程度のもので、面白かった作品を互いに報告しあって、放課後の時間を共に過ごすというのは変わらない。佐々木の面白いと話す作品は私も楽しめたし、私の面白いという作品は佐々木も楽しむことができた。

 そうやって、私は日々を過ごす。変わらない日々。一学期で、彼女とは知り合い以上になれた。恋人とは呼べずとも、友人と呼んでも、誰も不思議には思わない。

 そうやって、二学期、三学期、その先も、佐々木と一緒にいられたらいい。

 ……友人以上になれなくたって、彼女の隣にいられれば、それで。

「いいわけないけど……」

「何か言った?」

 ぽつりと漏らした私の小声に、佐々木は耳聡く反応する。私は何でもないと答えると、ごはんの最後の一口を口の中に放り込んだ。

 ごくん。


 ☆


「というわけで、今日は町に繰り出そうかと思います」

「というわけでもなんでもないのでは」

「いや、この前の話……」

「ああ、なんで教室に残るのかってやつ?」

「そ」

 お昼に話をぶり返したからという理由付けがある。とはいっても、あれから数日は教室に残って本を読んでいたわけで、実際彼女の言う通り、「というわけ」でもなんでもない。

「実を言うと、今期間限定のふらぺつぃーのを私は飲んでいなくてね」

「今日からってわけでもないんだね」

「佐々木は女子高生の自覚が足りないなあ、流行りには乗るべきなのだよ」

「それなら発売日に行けばよかったのに」

「ぐうの音も出ない」

 まあ、すぐに終わるわけでもないしなどと、後回しにしていたことは否定できなかった。それでも私はもててますしー?

「今日は佐々木も塾ないでしょ、いきますわよ」

「なぜお嬢様言葉」

「気分」


「というわけで写真を撮ります」

「そうですか……」

 私が写真の角度を考えているうちに、佐々木は手に持ったフラペチーノに口を付ける。撮ろうともしない。

「女子高生の自覚が足りないなあ」

「それ、さっき聞いたよ」

「思うものは思うから……」

 写真を撮ってSNSに投稿してから、私はフラペチーノに口をつけた。とはいえ、結局のところ佐々木と二人で来たという時点で、色気のある話にはなりようもないのだけれど。

 こういう店でも、話すことは読書のことばかりなのだから。


 ☆


「なんにも変わんないなあ……」

 彼女に趣味を合わせて、祈りが届いて同じクラスになって。確かに、クラスでは一番仲がいい存在にはなれたのだと思う。

 ただ、そういう仲になれる気配はどこにもなかった。私と佐々木を結ぶものは、恋愛感情がないからこその関係でしかなく。

 そこに来て、今日の佐々木の告白だ。

 同じ趣味。それが、私と佐々木を結ぶもの。一度友達になれば、仮にどちらかが趣味から離れても、友達でいられるのだと思う。

 そう、友達では。

 その関係をスタートにしようと私は考えていて、事実としてそれは成功を収めたわけなのだけれど、そこで止まってしまっているというのが実情だ。如何にして、彼女に恋愛に興味を抱かせるのか、そのフェイズにはとっくに突入していて、解決の気配はどこにもない。

 今日の会話では、彼女が男を作りそう、というところから遠ざかった安心感もありながら、私を選ぶ可能性の低さに対して悲しくもなっている。どちらの感情が強いかといえばそれは前者なのだけれど、後者のもともと薄かった可能性からはさらに遠ざかってしまったわけだ。

 一生お互いに独り身で、一緒にいられる可能性が高いなどと、そんな風に考えるほど世界が優しいとは思っていない。例えば、彼女がコンタクトレンズを付け始めれば、評価は一変するはずなのだ。性格の良さは私が保証していい。

 タイムリミットと呼べるものは明確にはない。ただ、少なくとも彼女と同じクラスでいられるのはあと半年程度なのだ。

 それまでの間に――

 どうすればいいんだろう、と考えて、私は嘆息した。

 ハッピーエンドには、まだほど遠い。

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