第2話「辺境伯セドリックからの突然の結婚申し込み」君をひと目見て好きになったって。それ、なんなん?

婚約破棄から三日後――

私は王都の外れにある、陽だまりみたいなカフェのテラス席で、人生二度目の理不尽に直面していた。


「エレノア・グランベル嬢。君と婚約を結びたい」


第一声からこれである。

発言主は、セドリック・クロフォード。辺境を治める若き当主で、王家直属の四大侯爵家のひとつ。戦場で剣を振るう“戦う貴族”だそうだ。

――いや、こちとら顔合わせもロクにしてませんけど?


「ええと……どちら様、でしたっけ?」


私の記憶をひっくり返しても、直接話した覚えはない。

ただ、学園の広間で遠巻きに見かけたことくらいはあるかもしれない。記憶の片隅レベルで。


「君をひと目見て、好きになった。婚約破棄されたと聞いて、これは運命だと思った」


……いやいやいや、運命って自分で名乗り出るタイプのやつじゃないから。

しかも、こういうことを真顔で言う男って、地雷の匂いがすごい。


「すみません。正直……早くないですか?」


「早くない。君のような聡明で凛とした女性は、滅多にいない」


褒め言葉はありがたいけど、真剣な顔で言われると、むしろ引くんだが。

ていうか、“聡明で凛とした”って、俺が前世男で中身おっさんだって知ってる? ってくらい的確で怖い。


セドリックが視線を逸らし、ぼそっと言った。

「……あの時、転んだ君を抱き上げた。儚げで、それでも気丈に笑った顔が忘れられなかった」


――ああ、お茶会でのあれか。

転ばされた拍子に頭ガンッて打って、転生の記憶がドバッと蘇ったあの日。

その直後に気絶して、気づいたら家のベッドで「俺、貴族令嬢になってる!?」ってパニクってた、あの件だ。


当時の私はまだ“エレノア”モード全開で、そりゃ儚げにも見えるだろうけど……。

今の私は中身ほぼ社畜男子。乙女フィルターなんてとっくに剥がれてますけど?


「ちなみに、“婚約破棄された直後の女にプロポーズ”って、貴族社会的にどうなんです?」


「だから、正式な結婚申し込みではなく“仮婚約”にしている」


「……仮って何をどう仮にするんですか?」


「まずは同居してみて、相性を確かめる。本契約はその後だ」


――やばい、このテンポ。前職で営業に詰められた契約打診と同じ空気だ。


「条件を提示していいですか?」


「もちろん」


「じゃあ――純白死守、寝室別、触るな迫るな愛の告白なし」


「了解。では契約成立だな」


「いやいやいや、なんで今ので成立なんですか!?」


「親御様にも確認済みだ。泣いて喜んでらした」


……だろうな。前の婚約者が伯爵三男坊、今度は現役の辺境伯。

家の格と安定感が桁違いすぎる。うちの親、そりゃ飛びつくわ。


――あ、これ、詰んだ。


こうして私は、まさかの“第二の婚約”に突入することになった。

前世仕込みの社畜スキルが、またしても意味不明な方向に発動するとは、この時まだ知る由もなかった――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る