第10話 友情のキセキ

 …目が覚めた時、ひどく視界が不鮮明だった。

唯一分かるのは誰かがいるのと、その誰かが心配そうな顔をしていることだけ。

頭も体も、信じられないほど重かった。

それでもなんとか、体を起こす。

「お、おい銀、大丈夫かよ?」

「もう少し横になっててもいいんだよ?」

「いや…平気だ…」

ハクが体を起こしたとたん、急に雨が降ってきた。

「げっ!急に降ってきやがった!」

「雲1つないのにこの雨どっから降ってるの!?」

リンとレンが慌てている中、ハクはふと自分のそばにあった黒い手袋を手に取った。

どこかで見覚えがあるような気がする。

「そういえば、ダークはどこに…」

辺りを見回しても、リンとレン以外には誰もいない。

もう去ってしまったのだろうか。

「銀、ダークって誰?」

「あの剣士のことだ。札に封印されたときに話をしてな。最後にそう名乗ってくれた。彼はもう、どこかへ行ってしまったのか?」

「…あぁ。行ったといえば、行っちまったよ」

「そうか…。また、会えるといいんだが…」

「いや…もう、会えないと思う」

「なに?一体どういうことだ?」

「あの剣士は…今さっき、消えちまったんだ」

リンとレンは、ダークが言っていたこと、感謝していたこと、最後は笑って、ハクの幸せを願っていたことを伝えた。

「そう…なのか…。となると、この手袋は…」

ハクは寂しげに手袋を見つめた。

「銀…」

「眠っていたときに、誰かが私に声をかけたんだ。早く起きないと、娘に怒られてしまうぞ、と。今思えば、あれはダークだったんだろうな。…一言、お礼を言っておきたかったのだが…」

長いこと闇の近くにいたせいなのだろうか。

なかなか気分の落ち込みが直らない。

けれど恐らく、これでもダークが何かしてくれたのだろう。

封印されていたときに比べ、格段に心が楽になっている。

暗い空気を切り替えるように、リンがレンに問った。

「で、戦いも終わったから聞くけど、なんでお前は今ここにいるんだ?お前は200年前の今日、死んだはずだろ?」

「あー…それね。実はぼく、あの時生きてたんだよ」

「「はっ!?」」

「どっ、どういうことだよ!」

「あの時、確かにレンは…」

「あ、いや、あの時1度は心臓も脈も止まって一応死んだんだ。でも、なんとか一命を取り留めてさ。生きてたんだよ」

「だったら、なんで学園に来なかったんだよ。全員マジで悲しんでたんだぜ?」

「それについてはごめん!生きていたとはいえ、ぼくは植物状態になっちゃったんだ。いつ目が覚めるかも分からないから、銀たちに希望を持たせちゃ可哀想だと思ったみたいで。両親が学園に、ぼくは死んだって報告しちゃったんだって」

「なるほどな…。学園ごと騙されてたって訳かよ。ったく、さすがレンの親父さんだぜ。考えることが他とはちげーわ」

「まあ、学園長は真相を知ってたみたいだけどね。あの日から150年くらいずっと寝たきりで、ホントに最近目が覚めたんだよ」

「ったくホントに存在ひと騒がせなヤツだぜ。心配かけさせやがってよ」

「ごめんごめん!でも、ぼくも大変だったんだよ?目が覚めたら150年以上経ってるし、リンは行方不明になってるし、両親は老いてるし!」

「最後のは悪口だろ」

「でもまあ、2人は約束を守ってくれると思ってたよ。その証に、2人ともここにいるもんね」

「…ん?」

「約束?」

「えぇぇーーー!?!?!?ちょ、忘れちゃったの!?ぼく、めっちゃ頑張って伝えたのに!?」

「す、すまない。あまりにショックが大きすぎて、あの時の会話の内容はもうほとんど覚えていないんだ」

「おれもおれも。唯一覚えてるのは、約束破ったらスイーツ奢りってとこだけだな。内容はないよう、なんつって」

「つまんないギャグはどうでもいいから!」

「ひっでぇ」

「ってかなんでスイーツ奢りの下りしか覚えてないの!ぼく言ったじゃん!2人が困ったら、やられそうになったら化けてでも助けに行くって。そんなことなくても、200年後の6月6日に満月が映る鏡で会おうって。約束したじゃーん!!!」

「200年後、ねぇ…言われてみれば、そんなこと言ってたような気がしないでもねぇや」

「言ってたような気じゃなくて言ったの!だから約束通り、200年後の6月6日…今日に満月が映る鏡に来て、2人を助けたのにー!」

「すっげー…。偶然に偶然が重なって、キセキが起きたってことか…。まさに、友情のキセキだな…」

リンが感心したように言った。

「2人とも、約束破ったんだからぼくに奢ってよね!」

「うへぇー!レンは細いのにめちゃくちゃ食べるからなぁ。銀、2人で割り勘しような…って、銀?」

ハクはさっきから、ほとんどなにも言っていない。

何も言わずにうつむき、肩を震わせていた。

「銀?どうしたの?」

「そういやこいつ、めちゃくちゃケガしてたんだった…!大丈夫か?傷が痛いのか?」

「…」

ハクは無言で、首を横に振った。

 雨は好きではない。

私が雨の日に外に出ると、大抵良くないことが起きる。

誰かが辛い思いをしていたり、泣いていたり。

いつも決まって、ろくなことが起きない。

ただ…今だけは、雨が降っていることに感謝すべきなのだろうか。

なんせ雨が降っていれば、

この嬉しい気持ちも悲しい気持ちも、複雑な気持ちも全部、雨が流してくれる。

「…銀、ごめんね。ぼくがいなくなったあと、リンもいなくなっちゃって…1人で不安だったよね。辛かったよね。置いていっちゃって、本当にごめんね」

「それについては、おれもちゃんと謝らねぇとだ。レンがいなくなったあと、本当はおれがお前を支えなくちゃいけなかったのに…おれがいなくなったせいで、お前は全てをたった1人で抱えなくちゃいけなくなっちまった。それは、おれの責任だ。すまなかった。この通りだ」

リンとレンは、ハクに深々と頭を下げた。

「謝らないで、くれ…。謝るのは…私の方だ…。私は、リンとレンを…2人のことを、守れなかった。互いを助け合おうと約束したのに、私はいつも、自分のこと…ばかりで…!」

ハクの声が、どんどん震えていく。

自分のことを蔑み、否定することしかできないハクを見て、リンもレンもじっとしていられなかった。

「そんなことない」

「銀は何も、悪くねぇよ」

そっとハクの手を握り、背に触れる。

(あぁ…辛いなぁ…)

ハクは心の中で、ただ1人呟いた。

リンもレンも、優しすぎる。

私のことなんて、放っておけばいいのに。

優しくなんて、しなくていいのに。

2人を守れなかったのは事実。

あの時、自分のことしか考えられなかったのも事実。

そして何より…2人のことを、自分でも知らない内に忘れようとしていたのも事実だ。

忘れないと、約束したのに。

私は約束を、破ろうとしたのに。

それなのに…なぜ2人は、私にこんなにも優しくしてくれるんだろう。

今のハクにとっては、リンとレンの優しさが辛かった。

「私には…君たち2人に優しくされる権利などない…」

「うん?何言ってんだよ、銀」

「友達に優しくすることに、権利なんか要らないでしょ?」

「え…?」

ハクが恐る恐る顔を上げると、リンもレンも不思議そうな顔でハクのことを見つめていた。

「なに当たり前のこと言ってんだよ。こんなこと、お前が一番よく分かってると思ってたぜ」

「ぼくたちは、銀のことが心配だからこうしてるんだよ。銀は、優しくされることに慣れてないからそんなことを言うんだね」

「え…。え?」

「なんでそんな、訳が分からない、みたいな顔するんだよ。おれたちが言ってる意味が理解できないほど、お前はバカじゃねぇだろ?」

「り、理解はしている。理解はしているのだが…状況に頭が追い付けていない…」

「ならゆっくりでもいいよ。だけど、これだけは分かって」

レンはハクの目を見て、言った。

「銀はいつも、知らず知らずの内に暗い方へ行っちゃってるんだよ。ぼくらはそれが、心配なんだ。銀は自分のことどうでもいいって思ってるかもしれないけど、ぼくらはそうじゃない」

「お前の代わりなんて、この広い宇宙のどこ探したっていないんだ。お前の部下や仲間たちのことをちゃんと守ってやれるのは、お前しかいねぇんだよ。おれとレンの親友はお前だけで、アーリアの父親やルディたちの主、グレイシアたちの仲間もお前1人だけなんだ。それが分かったら、代えが効くなんて考えんなよ。お前の知り合い全員にぶちギレられるぞ」

「…!」

あぁ、そういえば、この2人はこんなヤツだった。

いつもいつも、私が一番欲しいものを持っている。

憧れていたんだ。

この2人の、明るくて優しい性格に。

ハクは1度うつむき、深呼吸をしてから顔を上げた。

「あぁ…。そうだな。その通りだ。大切なことを、ずっと忘れていた。…ありがとう」

ハクの顔には、泣きそうな、でも嬉しそうな、優しい笑みが浮かんでいた。

「…分かりゃいいんだよ。分かりゃな」

「思い出してくれて、良かったよ」

リンもレンも、笑った。

「さーて、もう帰ろうぜ。おれ、疲れた」

「一番疲れてるのは銀だよ。銀、大丈夫?立てそう?」

「ああ。もう平気だ。感情を出すと言うのも、たまには悪くないものだな」

「おい銀、それが異常だって分かって言ってんのか?」

「銀の感情制御はいつも、学園内で群を抜いてたもんね〜」

「ホント、変なことですごくなってるよなぁ」

「変なこととは失礼だな。これでも実力で宇宙最強と言われるまで上り詰めたんだぞ」

「…え?どういうこと?」

「あぁ、レンは知らねぇのか。レン、戦艦ルーンネトラって知ってるか?」

「宇宙最強って言われてる剣士が率いる、いっつもトラブルに巻き込まれてる不運な船って聞いたことあるよ」

「一体誰情報なんだ…。まぁ、間違ってはいないが…。その戦艦ルーンネトラを率いているのが、私だ」

「…へ?」

美しい星空に、レンの間の抜けた声が響く。

「ビックリするよな。その上こいつ、娘までいるんだぜ」

「…は?」

「レンの反応は静かでありがた」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」

静寂に包まれていた森の中に、レンの叫びが響き渡る。

「おお、おれの時と反応一緒じゃん」

「レン…もう少し静かにしなさい。もう真夜中なんだから」

「えっ、いや、それは分かってるんだけどさ、こ、これはさすがに想定外でしょ!銀が戦艦ルーンネトラの娘で、宇宙最強を率いてて…」

「混ざってる混ざってる。性別変わっちゃってるじゃねぇか」

「なんだ、宇宙最強を率いるって」

「あ、あの、銀、言えないのなら全然言わなくてもいいんだけどさ」

「なんだ?答えられる範囲ならなんでも答えるが」

「お、奥さんは?やっぱり、美人な存在ひとなの?どうやって出会ったの?いつ子供生まれたの!?」

「…なぜ、みんなそこを聞いてくるんだろうか…」

ハクは遠い目をしている。

「あっはっはっはっはっ!そりゃ気になるだろ!真面目で堅物で超無愛想だったお前に娘がいるなんて、おれでも予想できなかったからな!」

「さらっと私をディスるな」

「ほぉ〜…こういう言い方すればいいんだね。勉強勉強」

「変なこと覚えるんじゃない。…この会話、前にもやらなかったか?」

「なんでもいいけど、早く帰ろうぜ〜。これ以上ここにいたら、3人揃って風邪ひいちまうよ」

「そうだね!早く帰ろう!銀の奥さんと娘ちゃんを拝まなきゃ!」

「変な宗教ならお断りだが」

「そんなんじゃないよ!」

「というか、私に妻などいない」

「え、そうなの?てっきりいるかと思ってたのに」

「誰がこんな不運の象徴みたいな男を好むんだ。…って、この会話も2度目だぞ!」

「ぼくにとっては1回目だよ〜」

3人は軽口を叩きながら、戦艦ルーンネトラに戻ってきた。

船の中に入ると…。

「ハク様!お帰りになられたんですね!」

「アーリア…。まだ起きていたのか。もう遅い時間だ。そろそろ休んだ方が…」

「ハク様が無茶をすると分かっているのに、安心して眠れるわけないじゃないですか!こんなにボロボロになって…」

アーリアは、泣きそうになりながらハクの顔を見つめた。

安心と心配と怒りが混ざりに混ざりあって、もうどれがなんの感情なのかよく分からない。

けれど、生きて帰ってきてくれたことにアーリアは安心していた。

「…心配をかけてすまなかった。けれど、私は無事だ。だから…そんなに泣かないでくれ」

ハクは膝をつき、泣きじゃくるアーリアそっとを抱き締めた。

「ただいま、アーリア」

「…っお帰りなさい…!ハク様…」

ハクの腕の中で、アーリアが安心したように笑った。

そして…

「あらら、寝ちゃったね」

「安心したんだろ。銀、起こしてやるなよ」

「分かっているさ」

よほど頑張って起きていたのか、アーリアは眠ってしまった。

「かわいい子だね。いくつだっけ」

「13才だ。親バカだとは分かっているが…この子は本当に強くて優しい、とても良い子だ」

「お前の部下って、アーリア以外にあと4人いただろ?その子達はどうなんだ?」

「言うまでもなく、全員良い子だが?」

「親バカかよ…」

「なんとでも言うと良いさ。天地がひっくり返ろうとも、私はこの意見を変えるつもりはない」

ハクはアーリアを抱き上げながら、その安心しきった寝顔を見て微笑んだ。

と、そのとき

「ハク様、お帰りになられたのですね」

オクト船長がコックピットから出てきた。

「ただいま。今日は全てを任せっきりにしてしまってすまなかったな」

「いえいえ。トラブルは解決しましたか?」

「あぁ。もう完全に。手間を増やすようで悪いが、この2人を私の部屋へ案内しておいてくれないか?私はアーリアを寝かせてくる」

「承知致しました。客間の準備もしておきます。準備が完了しましたら、ハク様のお部屋に呼びに行きますね」

「本当に助かる。ありがとうな」

アーリアを運んでから自室に帰ったハクは、リンと自分の手当てをしてからやっと一息ついた。

「はぁ…終わったな」

「終わったなぁ…。長いようで短い、あっという間の200年だったぜ」

ハクとリンが感傷に浸っていると、レンが思い出したかのように言った。

「あ、そういえば今思い出したんだけどさ、ぼくを轢いた…ヴィラドだっけ?存在そんざいごと忘れてたけど、結局アイツはどうなったの?」

「…あ。鏡月湖に忘れちまったぁ…」

「そのことについては問題ない。もうとっくに通報済みだ。ヤツは今ごろ、塀の中に戻っているだろう」

「さすが銀。仕事が早いね」

「それならいーや。そういや…2人はこれから、どうやって生きてくんだ?」

「私は…これまで通りの日常に戻る。また明日からも、トラブル続きの毎日になるだろうな」

「ぼくも銀とそんなに変わんないかなぁ。ぼく、今フリーの忍者やってるんだ。色々なとこ行って仕事もらって、半分は何でも屋として生きていくよ」

「リンはどうするんだ?」

急に話を振られたリンは、不思議そうに言った。

「んー?あれ、言ってなかったっけ。おれ今、和地区の妖炎村ってとこで剣術の先生してんだよ」

「「…は?」」

「先生?リンが?」

「あっはは!これは傑作だね!リンが先生だなんて!絶対ぼくか銀の方が向いてるよ!」

あんまりにもレンが笑うので、リンはムッとして言い返した。

「いくらなんでも言いすぎだろ!これでも20人くらい生徒はいるんだからな!なんなら今度練習試合するからお前ら来いよ!おれの生徒たちはみんな優秀だぜ?」

「君の生徒たちも十分すごいんだろうが…さすがにアーリアたちには負けるだろう」

「おーおー、言ってくれるじゃねぇか。そりゃ、お前のとこのアーリアたちもすごいとは思うぜ?でもな、おれの生徒たちは心が違うんだよ。心がな」

「それを言うなら、こちらだって…」

「あー!もう!我が子自慢と生徒自慢はもういいから!はい!ストップ!」

「「…ふん!」」

ハクとリンが、同時に顔を背ける。

「全くもう…こういう口喧嘩さえも懐かしく感じちゃうよ…」

レンは苦笑しながら、今もまだなお我が子自慢と生徒自慢をするハクとリンを見つめた。

本当に、昔に戻ったみたいだった。

そこから3人は、オクト船長が呼びに来るまで馬鹿話や昔話を続けた。

その笑い声は、静かな夜の闇を切り裂くほど明るく、満点の星空にまで届いたと言う…。

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