第7話 星空に舞う蓮の花

 「…思い出した…」

絶体絶命の状況にも関わらず、ハクはポツリと呟いた。

なぜ、忘れていたのだろう。

忘れてはいけない、大切なことなのに。

「レン、すまない。約束は守れそうにない…」

ハクが諦め、目を閉じたその瞬間

ヒュウ〜…。

雨がやみ、風が吹いた。

鏡月湖のすみに咲いていた蓮の花びらが、月の夜空に舞う。

その花びらと共に、何者かがハクの目の前に降り立った。

シャキンッ!!!

闇の剣士の体が、真っ二つになる。

「全くもう〜。銀もリンも諦めが早いよ。ぼくの諦めの悪さを見習ってほしいね」

「…え?」

「な…お、お前…は…」

ハクとリンの目の前には、200年前のこの日、蝶を助けて亡くなった親友の姿があった。

死んだ時よりも少し大人びていて、背も伸びている。

「やっほ〜。2人とも、200年ぶりだね。約束通り助けに来たよ。元気にしてた?」

「元気って…え、は?」

ハクもリンも完全に混乱している。

「…レン?」

ハクの口から、無意識にその名が出た。

「そうだよ、ぼくだよ。ひっどいなぁ。2人とも、忘れちゃったの?」

「忘れる訳…。だが、君はあの時…」

ハクが言いかけた時、レンが真っ二つにした剣士が再び元に戻った。

「うわー、これ再生するヤツじゃん。話はあとにして!ほら、2人とも!」

レンはハクとリンの手を取り、立たせた。

「ひどくやられてるね〜…。戦えそう?」

気遣わしげに問ってくるレンに、ハクとリンは笑って言った。

「当然だ」

「宇宙最強をナメんなよ!」

「リン、それはどちらかと言うと私の台詞ではないか?」

「それは確かに」

「納得するんだ」

3人は笑いながら、闇の剣士の攻撃を受けて避けて、はね返す。

さっきまでの痛みが、まるでウソのようだ。

体も心も、驚くほど軽い。

信じられる仲間と共に戦える楽しさを、長らく忘れていた。

もう、何も怖くない。

失うものがないとは、まさにこのことだ。

切り返しからのカウンター。

避けたと見せかけてからの連続斬撃。

リンの刀がまとう鮮やかな赤い炎が、月夜に火の粉を散らす。

「あぁ…楽しいな…」

こうしていると、学生時代を思い出す。

よく3人で任務に行って、共戦してもたまに負けて…。

でも、今の私は…いや、私たちは負けることはないだろう。

いや、フラグとかじゃなくて本当に。

ハクは普段、滅多なことがない限り好戦的にはならないし攻撃も必要最低限しか行わない。

そのハクが…戦うことを、楽しんでいた。

いくら憎悪の念の塊とはいえ、テンションが上がり好戦的になった忍3人組ではさすがに相手が悪い。

剣士は刻一刻と追い詰められていく。

倒しきるなら、今しかない。

「リン!レン!これが最後だ、連撃いくぞ!」

「おうよ!」

「りょーかい!あっ!銀、久しぶりにあれ見せてよ!銀のお家に伝わる神楽みたいな技!」

「お!おれも見たい見たい!」

「えぇ…。あれは色々と難しいんだが…。まあいい。2人が望むのであれば、見せてやろう」

リンとレンは、宙に飛び上がった。

それを追い、剣士も空へ飛び上がってくる。

その時にできた一瞬の隙を、2人は決して見逃さなかった。

「おっしゃ行くぜっ!炎天火車えんてんかしゃ!!」

リンが炎をまとわせた刀を思いっきり振り、回転切りを繰り出す。

不意打ちの攻撃にうろたえた剣士に、レンがさらに攻撃を重ねた。

「リンナイス!ぼくも行くよ、鈴星蓮りんせいれん!!」

レンが空中で宙返りし、その反動で剣士を切り上げる。

「銀!行け!!」

「頼んだよ!!」

リンとレンが叫ぶ。

それに応えるように、ハクは片足を一歩下げ、柄に手をかけたまま刀を鞘に収めた。

そして、落ち着いた動きで夜空に向かって舞い上がった。

風が吹き、宙で抜いた刀に舞った花びらがまとう。

竜方陣りゅうほうじん ゆうまい

ゆっくりと、そして美しくハクが空で一回転する。

その動きは穏やかで落ち着いていて…けれど、とても速い。

竜方陣とは、ハクの家系に代々伝わる神楽のことだ。

元々はただの舞だったものを、ハクの先祖が刀を持って舞うようになったのが戦いに使われるようになった始まりとされている。

主に奉納などで舞われるもので、型は全部で10個。

7才になると、親から舞い方を教わる。

全て覚え、実戦で使えるようになるまでに獣人族でも10年以上かかるとされていて、どの型も一瞬でもズレれば成功しない。

竜方陣は単なる舞などではなく、最終手段とも言えるほどの最高最難の秘技なのだ。

片手で水平に持った刀が、闇の剣士を切り裂いた。

竜方陣を舞うハクの表情は、決して明るくない。

申し訳なさそうな、悲しそうな、浮かない顔をしている。

そんなハクの表情も知らず、剣士が再生する前にリンが剣士に向かって1枚の札を投げ、叫んだ。

『我月尾霖の名において、炎孤の皆様方にご助力をお願い申さん!この札を仮初の器となし、悪き剣士を封じたまえ!出でよ、百の炎を操りし白狐の方々!!!』

リンの手から離れた札は剣士に張り付き、一気に燃え上がった。

炎の中で、剣士の影がどんどん小さくなっていく。

「おっしゃ!」

「成功した!」

リンとレンがガッツポーズをしたその時

「…っ!!」

ハクがもう一度、飛び上がった。

「銀っ!?」

「一体何をっ!!」

飛び上がった勢いは風なんかでは止められず、ハクはそのまま炎の中に飛び込んだ。

「おい銀!くっそ、あいつ何考えてんだ!?あんなことすれば、あいつだって…!」

「どう、なるの?」

リンは歯を食いしばってうつむき、絞り出すように言った。

「…あの剣士と一緒に、1000年は封印されちまう…っ」

「そんな…!」

リンとレンがそうこう話している間に炎は収まり、リンの手元に札が戻ってきた。

空にも地上にも、ハクの姿はない。

その代わり、リンの手の中にある札が白く黒く、揺らいでいた。

「やっぱり、銀とあの剣士が閉じ込められてやがる…」

「リン…さっき、1000年は封印されちゃうって言ってたよね…。どうにか…なんとかならないの!?」

「この封印は、簡易的な割に解くのがめちゃくちゃ厄介な封印なんだ。おれが本気で解こうとしても、少なからず300年はかかっちまう…」

「そん…な…。じゃあ、もう…もう、どうすることもできないの…?」

レンが絶望したように札を見つめた。

「いや…あるにはある…」

「え!?」

「でも、この方法はかなりの博打になるし、何より銀の運が必要だ。もし、いつもの銀の不運が出れば…」

リンはいつになく表情を険しく言った。

「間違いなく、銀は命を落とす」

「そんな…じゃあ、銀次第ってこと…?」

「…あぁ」

リンとレンは、美しい月が輝く夜の下、白く黒く揺れる札をにらんでいた…。

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