第4話『街道の遭遇』
酒場に満ちていたのは、粘つくような殺気と、皮算用の欲望だった。
ディレックを取り囲んだ男たちの目が、彼の首に懸けられた高額な懸賞金にぎらついている。
店主が短い悲鳴を上げてカウンターの下に隠れるのを合図に、抜かれた剣が鈍い光を放った。
一触即発の状況の中、ディレックの脳内にネメアの焦った声が響く。
『ねえ、ディレック! さすがにこの状況、わたしの力を使わないと無理じゃない!? いや、使うのはいいんだけど、心の準備ができてないっていうか、あんまり派手なことしてわたしのこと見世物にするのは恥ずかしいからやめてよね!』
その必死の懇願に、ディレックは口の端に笑みさえ浮かべた。
「ああ、分かっている。こいつら相手に、お前の魔法(ちから)は使わん」
彼は音もなく剣を抜き放つ。
その余裕の態度に激昂した賞金稼ぎの一人が、獣のような雄叫びと共に斬りかかってきた。
それを皮切りに、酒場は血と鉄の匂いが渦巻く、一方的な殺戮の場と化した。
ディレックの宣言通り、戦闘は彼の独壇場だった。
大斧が振り下ろされれば、その柄を剣の腹で受け流し、体勢を崩した相手の喉を返す刃で正確に掻き切る。
『へえ、これが今の時代の魔法回路かあ。……あれ? でも、あんたの魔法、全然本来の力、出せてなかったんだね。なんで? なんでこんなに弱くなってんの?』
毒が塗られたナイフが脇腹を狙えば、半身でかわし、腕を掴んで捻じ上げ、持ち主自身の心臓を貫かせる。
「メイル国に蔓延しているウイルスのせいだ。魔導師の力を著しく減退させる」
鎖鎌の分銅が唸りを上げて飛来すれば、それを最小限の動きで避け、鎖を手繰り寄せて相手の首を刎ねながら、冷静に答える。
流れるような動きに一切の無駄はなく、それはもはや戦闘というより、死をもたらす冷徹な舞踊にさえ見えた。
『ウイルスかあ、どうやったのかなー?』
「その調査を弟のアルバートが行っていた。あいつは、魔国の内部にいる人間が意図的に仕組んだと睨んでいたな」
『メイルもそんなになっちゃったんだ。わたしの知ってた時代のメイルは、賢帝が治める素晴らしい国だったのに。まあ、周りの国もみんな賢帝だったから、争いの起こりようがなかったけど』
過去の時代の話を聞き流しながら、ディレックの剣は止まらない。
賞金稼ぎたちは紙くずのように斬り伏せられ、最後に残った一人を壁に叩きつけた頃には、酒場は死体と静寂だけが満ちていた。
だが、息を整える間もなく、ディレックは新たな殺気を感知する。
酒場の外を、あの黒い鎧の一団が音もなく完全に包囲していた。
「……さすがに面倒だな」
ディレックは正面からの衝突を避け、裏口の扉を蹴破って外へ出る。
そこに繋がれていた馬に飛び乗ると、街道を全速力で駆け抜けていった。
風を切り、追手を引き離そうと馬を飛ばす。
その時、街道の先の丘から、こちらに向かって同じく馬を必死に飛ばしてくる一人の人影を捉えた。
日に焼けた肌に、身体の線を拾うタイトな革鎧。こちらを射抜くような鋭い眼光。
戦い慣れた者のそれだった。
すれ違う一瞬、目が合う。
互いの尋常ならざる様子を瞬時に察し、二人はまるで示し合わせたかのように、街道の真ん中で手綱を強く引いた。
互いに名も知らぬまま、女性が先に口を開く。少し掠れた、魅力的なハスキーボイスだった。
「武国トロンガースの正規兵が、わたしの首を狙ってきている。面倒に巻き込まれたくないなら、引き返しな」
(トロンガース……師匠の故郷か)
ディレックは内心で呟き、彼女が来た道を顎でしゃくった。
「そっちこそ。その先は黒い鎧の亡霊が出る。命が惜しけりゃ、別の道を探すことだ」
忠告を交わし、互いの行く先にそれぞれの追手がいることを理解した、まさにその時だった。
ディレックが振り返った街道の後方には、黒い鎧の騎馬隊が砂塵を上げて迫っている。
女性が見つめる丘の上からは、トロンガース特有の屈強な鋼の鎧を纏い、整然とした隊列を組んだ兵士たちが姿を現した。
逃げ場は、ない。
街道の真ん中で、二人の逃亡者は完全に挟み撃ちにされた。
ディレックとハスキーボイスの女性は、思わず互いに顔を見合わせる。
その口元に浮かんだのは、絶望ではなく、同類を見つけたかのような、不敵な苦笑いだった。
「どうやら、お互い様らしいな」
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