第7話 ハッカー・Lの記録2・・・消滅

あの日を境に、俺は極端な偏頭痛と幻覚に悩まされるようになった。


最初は、寝不足とストレスのせいだと思った。


けど、違う。


夢の中にも、あの「目」が現れるんだ。


あの、黒い瞳孔だけが画面に浮かぶモノクロ画像「follower_000.jpg」。


あれが脳裏に焼きついて離れない。


まぶたを閉じると、光の残像みたいに浮かび上がって、消えない。


数日後、別の異変が起き始めた。


Fの記録がすべてなくなったのだ。


Fが消息を絶った後に、情報としてのFの記録が、すべてネット上から削除されていた。


俺の中での「記憶」と、ネットでの「記録」が食い違っていく。


これこそが「@n0_follower_girl」の正体じゃないかと、考え始めた。


つまり、あいつはSNSを通じて「ネットの中の存在」を喰ってるんじゃないか?。


いや・・・逆だ。


「現実の人間」の存在を、ネットから削ぎ落としていくんだ。


だから、誰にも記録されていない人間は、いずれ「この世界」からも消されていく。


そして、完全に、消える。


俺の中で警鐘が鳴った。


このままじゃ、俺もFと同じ末路をたどる。


だが、逃げるには遅すぎたようだ。


ある晩、午前3時33分。


また、画面に表示された。


「あなたが見てるんじゃない。わたしが見てるの。」


今度は、文字だけじゃなかった。


目の前のモニターに映ったのは、俺自身だった。


だが、明らかに何かが違う。


モニターの中の俺は、ゆっくりとカメラに近づいてくる。


表情がない。


目が開ききっていて、何かに操られているように見える。


俺は思わず席を立ち、画面から距離を取る。


その瞬間、俺の目がこちらを向いた。


いや、「俺のふりをした何か」が、俺を見た。


視線が、画面を越えて刺さってくる。


背筋が凍った。


それはただの映像じゃない。


あれは入口なんだ。


あの目と視線のシステムは、もはやただのバグや演出じゃない。


あれは、一方通行じゃなく、「彼女」がこちらへ来るための「目」だ。


その夜、俺は自宅の電源をすべて落とし、壁のLANケーブルを引きちぎった。


PC、ルーター、監視カメラ。すべてを破壊した。


だが、それでも視線は消えなかった。


翌朝、山間の古い神社に駆け込んだ。


電子とは無縁の空間、木造の本殿で、俺は巫女に泣きついた。


俺は狂ってると思われたかもしれないが、巫女は一言も否定しなかった。


彼女は、少し考えた後、こう言った。


「それは、目を見てはいけないものです。」


「「誰かを見る」という行為は、同時に「誰かに見られる」ことでもあるのです。」


「昔からそういうのは、「見られたいもの」が、視線を通してこちらにやってくるんです。」


俺は神社に一晩泊まらせてもらった。


電波もない、ネットもない世界。


その間だけは、確かに視線の気配は消え、俺は、久しぶりに熟睡した。


でも、それは一時的なものだった。


翌朝、境内で唯一残ったスマホを再起動した瞬間だった。


画面がブラックアウトし、「follower_000.jpg」が表示された。


目がまた、大きくなっていた。


その黒い点の中に、白い輪郭があった。


それは、笑っている「女」の顔だった。


もう、どうすればいいか分からない。


ふらふらと境内を出た俺は、この記録を、残さなければと思い。


最後の手段として「エアギャップ」の媒体に焼いて、残しておくことにした。


もし、この「エアギャップ」を手に入れ、読んでいるお前がハッカーや解析者であれば、


絶対にあのアカウントを追うな。


「@n0_follower_girl」


それは「アカウント」じゃない。


あれは、ネットワークという媒体に宿った、「存在の亡霊」だ。


彼女は見る者の中に入り込む。


そして、ゆっくりと「あなたの存在」を、社会から、記録から、世界から、消していく。


今でも俺の情報が消えていく


メッセージの履歴が空白になり、通話履歴がゼロになり、会った記憶だけが残る。


それはまるで、俺の人生が少しずつ「フォロワーゼロ」に近づいていくかのようだ。


投稿が消える。


記録が消える。


俺の名前を呼ぶ人が、いなくなる。


このままでは、俺も「彼女の目」の中に、取り込まれてしまう。


今、最後の力を振り絞ってこのログを残す。


どうか、これを読んだお前は、検索をやめてくれ。


絶対に「@n0_follower_girl」を探すな。


画像を開くな。


投稿を読むな。


「視線」を交わすな。


なぜなら、彼女はずっと、見ているのだから。

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