第5話 ハッカー・Lの記録

俺の名前はL。



表の顔は、ただのフリーランスのセキュリティ技術者だが。



でも裏では、あちこちのSNSサーバーや監視システムに潜り込んで



ブラックマーケットに流す「目に見えない情報」を扱う、裏の顔を持っている。



例えば、削除されたはずのDMや消された動画のログ、誰にも見せていない下書き投稿など。



表には出ない「ネットの亡霊」を収集するのが、俺の仕事だ。



そんな俺が、怪異に巻き込まれたきっかけになったのは、ある依頼からだった。



匿名の依頼者から、奇妙な仕事が持ち込まれた。



「SNSアカウントをひとつ探してほしい。」


「名前は出せない。」


「ただ、検索しても絶対にヒットしないはずだ。」


「 フォロワーがゼロで、フォローもゼロ、常にアカウントが「鍵垢」の状態にある。」


「でも、ログ上では、複数件の投稿がある。」


「しかも、見ると消えるらしい。」



ふざけた依頼だと思った。



見ると消える?何が消えるんだ?ネットの投稿がか?



でも、依頼報酬は破格値だった。



ビットコインで前払い50万、成功すれば追加で50。



検索するだけで、100万手に入る・・・これは、楽勝だ。



何より、「見ると消える」というフレーズに、俺はどこか惹かれたのも事実だ。



俺は、入金を確認した後、さっそく自作の探査用プログラムを走らせて、SNSの非公開アカウントのログを掘る。



通常じゃ検出できないステルスアカウントの痕跡を追う。



1日目:ヒットなし。



2日目:ヒットなし。



3日目:ヒット! 俺は、それを見つけた。



アカウント名は「@n0_follower_girl」。



表示名もプロフィールも空白。



アイコンは、目のドアップのモノクロ写真。



画像もなく、ただアカウントが存在するだけ。



アクセスログは、異様だった。



投稿数:6321。



でも、取得できる投稿はゼロ。



さらに奇妙だったのは、閲覧ログが常に「1」になっている。



つまり、常に誰かが「見ている」と言う事だ。



だが、そのIPもデバイスも、何一つ記録されていない。



仮にSNSbotだとしても痕跡があるはずなのに、何も残らない。



その時点で、俺は少し気味が悪くなっていた。



だが、依頼は完了させなければならない。



仕方なく、自作のログリーダーを使って過去のキャッシュを復元する。



そのとき、画面に一瞬だけ表示された。



「あなたが見てるんじゃない。わたしが見てるの。」



投稿日時:午前3時33分



ジオタグ:俺の現在地・・・・俺の部屋だ。



そして、突然、モニターがフリーズした。



キーボードもマウスも効かない。



その投稿はすぐに消え、ログにもキャッシュにも何も残らなかった。



だが、俺の端末のフロントカメラのランプが、勝手に点灯するようになった。



俺の部屋のモニターに、あの文章が浮かび上がったのは午前3時33分だった。



「あなたが見てるんじゃない。わたしが見てるの。」



表示されたのはわずか1~2秒程度だったが、でも、確かに見えた。



それと同時に、部屋の空気が変わった気がする。



夏だというのに、急に背筋がゾクッと冷たくなる感覚。



すぐにマシンを再起動したが、画面はブラックアウトしたまま。



冷や汗をかきながら、取敢えず、部屋の明かりをつけるが、つかない。



デスクライトだけが、ついている。



ふと、スマホのインカメラの赤い点に目が止まった。



・・・録画中? いや、何もアプリは開いていない。



俺は急いでスマホのバッテリーを外した。



今どき珍しい機種だが、そういう事態に備えてあえて選んでいる。



だが、次の瞬間、薄暗い部屋の中で、後ろからカチッというシャッター音がした。



振り返る。


当然、誰もいない。



だが、壁のコンセント近く、ルーターのLEDが異常に点滅していた。



ルーターハッキングか? 2重3重にセキュリティは掛けてあるのに



俺の端末が外部から制御されている? いや、違う、内部からだ。



内部?どうゆう事だ?理解ができない!何かのソフトが暴走してるのか?



その夜、自宅のメインブレーカーを切って、俺はノートPCを抱えて近所のネットカフェに避難した。



そこでも、奇妙なことが起こった。



自作のSNS監視ツールで再び「@n0_follower_girl」の痕跡を探る。



今度はVPNを3重に重ね、完全なオフラインモードで作業する。



すると、一つの“消された動画”のハッシュタグが見つかった。



メタデータ上は破損済み。



しかし、拡張子をいじると再生可能な形式に変換ができた。



見るか?見ないか? 当然、戸惑いはあった。



自宅のネットワークが、理解不能な状態になったばかりだ。



だが、職業柄、恐怖よりも「解析したい」という欲が勝ってしまった。



再生ボタンを押した瞬間、映像が始まった。



暗闇。



かすかにノイズ音。



そして、カメラがゆっくりと部屋の中をパンしていく。



無人のリビング。



食卓。キッチン・・・何か見覚えがある。



数秒後、画面の隅に俺自身の背中が映った。



これは・・・



俺の部屋じゃないか。



しかも、カメラは天井の角、つまり俺の部屋の防犯カメラと同じ視点だ。



だが、そのカメラの外部接続は、オフにしてあるはず。



映像の中で俺は、何も知らずにコーヒーを淹れている。



そして、その後ろをカメラに向かって、誰かがゆっくりと近づいてくる。



女だ。



髪で顔が隠れていて、表情は見えない。



でも、どこか濃い闇のような気配があった。



彼女はカメラの目の前まで来ると、じっとこちらを見た。



すると、動画が停止した。



画面が真っ黒になり、ノイズ音だけが残る。



そのノイズが、どんどん音量を増していく。



ボリュームを操作しても反応しない。



鼓膜を突き刺すような高音の中に、何かの声が混じっていた。



「ろくに……みえない……もっと……ちかづいて……」



その瞬間、画面が映り、次に映ったのは、目だった。



鏡に映った、俺の目のアップ?。



いや、違う。これはスマホのインカメラからの映像だ。



つまり──今、リアルタイムで撮られている。



俺は反射的に、スマホのバッテリーを抜き。パソコンもシャットダウンした。



だが、目の前のモニター画面にはまだ「REC」の文字が浮かんでいた。



翌朝、仲間のハッカー・Fに連絡した。



Fは地下のセキュリティ界隈では有名な解析屋で、どんな消されたファイルも再生可能にしてしまう。



俺は昨夜のことを、Fに相談した。



F「L、そのアカウントに触るな。」



F「マジで。俺も過去に同じのを追ったことがある。」



F「いくら調べても、ログには何も残らない。」



L「それは、俺も確認した。」



F「だが、それを見た後に消えてるんだ。」



L「あぁ・・・ログがだろ?」



F「いや、見たやつが、リアルで消えるんだ。」



Fの声は本気だった。



F「そのアカウントの本体は、SNSに存在していない。」



F「存在しているように見せかけて、人間の認識に感染するタイプのデータだ。」



L「データ?ウィルスかなにかじゃないのか?」



F「データなんだよ。ウイルスじゃない。」



F「もっと原始的で、もっと深い。」



F「イメージと言葉に宿る「視線」。」



Fが怯えているのが、声で分かる。



俺はFに、昨夜の動画ファイルを送ろうとしたが



だが、どんな圧縮を使っても転送もできなかった。



ファイルそのものが存在していないのだ。



それどころか、俺のパソコン上からもいつの間にか消えていた。



代わりに、デスクトップに一枚の画像ファイルが残っていた。



ファイル名:follower_000.jpg



開くと、真っ黒な背景の中に、白い小さな点が一つだけあった。



目のようにも、星のようにも見える。



じっと見ていると、その点が少しずつ大きくなっていく。



・・・いや、違う。画面が変わったのではない。



俺がその点に近づいているんだ。



我に返って画面を閉じた。



だが、その夜から「視線の幻覚」が始まった。



外を歩いていても、トイレにいても、電車の中でも、誰かが見ている気配が離れない。



Fと再び連絡を取ろうとした翌日、彼のSNSが消えていた。



いや、アカウントはある。



ただ、すべての投稿が消去され、フォロワーがゼロになっていた。



彼が10年かけて築いたネットワークが、一晩で空白になっていたのだ。



それを見て、俺は理解した。



これは情報のウイルスなんかじゃない。



これは、記録・記憶全てを消す存在だ。



ネットの奥底に潜む、「見る者」に感染する亡霊?。



そして俺も、今、感染している。



「@n_0follower_girl」に消されるかも知れないが、最後にこの記録を残しておく。



これを読んだお前が、「@n0_follower_girl」を検索する前に、すべてを削除してほしい。



あれは、存在を追う者に取り憑く。



何も写っていない動画、消せない投稿、ゼロのフォロワー。



それは彼女が「見ている」という証拠だ。



もう、俺のSNSアカウントも変化し始めている。



すべてのフォローが消されて、通知が止まり、投稿が勝手に書き換わる。



昨日、自分の投稿をひとつ見た。



「あなたが見てるんじゃない。わたしが見てるの。」



これは彼女のアカウントじゃない。



これは、彼女の「目」そのものだ。



もし・・もし、このログが他人の画面に表示されたとしたら



それもまた、彼女の「投稿」なのかもしれない。



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