第10話 衝撃

翌日の午後、グラウンドの空気はいつも以上に緊張感に満ちていた。

「今日はヒットトレーニングをやるぞ。」


氷川キャプテンの一声に、新入部員たちはざわめいた。アメフトの醍醐味とも言われるコンタクト練習。翔にとっては、これまで未経験の世界だった。


「じゃあペア組め。まずは基本のヒットフォームから確認だ。」


梶本副キャプテンの指示で、翔は駿と向かい合うことになった。両者ともヘルメットと肩パッドをしっかり装着し、距離を詰める。


「最初はゆっくりいこうぜ、翔。」

駿が微笑んだが、翔の心臓はバクバクと高鳴っていた。


「はい……」


「構え!」


氷川の声が響く。翔は膝を曲げ、低く身構えた。両手を胸元に置き、体重を前方に預ける――教わったばかりの基本姿勢だ。


「ヒット!」


駿が前に踏み込み、翔のフェイスマスク、肩パッドに力強くぶつかってきた。


「うおっ!」


一瞬、視界が揺れる。今まで味わったことのない衝撃が、全身を突き抜けた。野球では絶対にない“正面衝突”の感覚に、思わず足が一歩後ろに下がる。


「大丈夫か?」


駿が心配そうに覗き込む。


「だ、大丈夫……でも、これがアメフトの衝撃か……」


息を整えながら、翔は笑った。痛みと驚きの中に、不思議な高揚感があった。これがフィールドに立つ者の世界なのだ。


ヒットトレーニングを終えた後、いよいよポジション別練習が始まった。翔はクォーターバック候補として、氷川キャプテンの元に呼ばれた。


「よし、神谷。今日から本格的にQBの練習に入るぞ。梶本、あとは頼む」


「まずはスナップの受け方からだ。」


梶本副キャプテンがセンターとして立ち、翔が後ろに構える。


「手はこう。しっかり奥まで入れて、ボールを逃さない。スナップは一瞬の勝負だ。」


梶本がボールを構えると、翔は教わった通りに手をセットした。


「ハッ!」


スナップの合図でボールが勢いよく送り出される。思わず体が反応し、なんとかボールをキャッチする。


「おお、いい反応だ。」


「さすが野球上がりだな。グローブなしでも安定してる。」


駿が後ろでニヤリと笑った。


その後は短いパス練習に移った。5ヤード、10ヤードと距離を伸ばしていく中、翔は徐々に投げる感覚を掴んでいった。もちろん、野球の投球とは全く違う。肩の使い方、ステップ、リリースポイント――全て新しい感覚だ。


「翔!今度は俺に投げてみろ!」


駿がレシーバーに入ると、翔は構えを取り直した。スナップを受け、ステップを踏みながら素早く前を見る。


「はいっ!」


放たれたパスはやや高めだったが、駿が軽快にジャンプして片手でキャッチした。


「ナイスボール!」


「さすが駿……」


翔は自然と笑顔がこぼれた。互いにアイコンタクトを交わし、言葉は要らなかった。高校時代、何百回もバッテリーを組んできた相棒。今度は違う形で再びコンビを組む感覚に、胸が熱くなる。


「おい、おいおふたりさん!俺らOLがブロックしないとパスなんか投げられねえからな!」


練習後、佐伯が豪快に笑いながら肩を組んできた。巨体ながら人懐っこいその態度に、翔もすっかり打ち解け始めていた。


「頼りにしてるよ、佐伯くん。」


「当たり前だろ!俺がしっかり壁作ってやっから、お前は思いっきり投げろ!」


「……それでも突破されたら?」


「そんときゃ、梶本先輩に怒られる!」


3人で笑い合う。たった数日で、確かな絆の芽が生まれ始めていた。


翔はふと空を見上げた。西の空には、夕暮れに溶けかけた一番星が光り始めている。


新たな挑戦の幕は、確かに上がったばかりだ。


そんな男たちの姿を遠くの教室の窓から

朝比奈灯が見つめていた。

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