第9話 新しい鎧

「さあ、まずは順番にフィッティングしていこー!」


優奈が元気よく声を上げ、部室の奥に積み上げられた古めの防具を指さす。ラックには肩パッドやヘルメット、パンツパッド、グローブなどが整然と並んでいた。翔はそれを眺めながら、改めて自分が新しい世界に足を踏み入れた実感を噛みしめていた。


「神谷くん、この肩パッドがたぶん合うと思うよ。サイズは、、、これで大丈夫かな?」


優奈に促され、翔は渡された肩パッドを恐る恐る身につけてみる。ゴツゴツとしたプラスチックの感触が、野球のユニフォームとはまるで違った重みを感じさせた。


「おお……思ったより重いな。」


「まあな。アメフトは装備だけで10キロ近くなるからな。」


隣では駿が、笑いながらヘルメットを被っていた。駿は肩幅が広めのパッドがちょうどよくフィットしているようだ。ヘルメットを被り顎紐を締めると、駿の表情もどこか引き締まって見えた。


「よし、翔もヘルメット被ってみろよ。最初はちょっと苦しいけど、慣れるから。」


翔もヘルメットを受け取り、ゆっくりと被り込む。視界がやや狭まり、耳の周りが圧迫される独特の感覚――まるで世界が少し違って見えるようだった。


「これが……アメフトの鎧か。」


「似合ってるよー、神谷くん!」


優奈が満足そうに親指を立てる。翔も照れくさそうに笑った。


防具を一通り身につけた新入部員たちは、練習フィールドに移動していた。グラウンドの中央では氷川キャプテンと梶本副キャプテンが立ち、彼らを待ち受けている。


「さて、新人の皆。まずは基礎の基礎から始めよう。経験者はフォローしてやれ」


氷川の声は穏やかだが、どこか芯のある響きがあった。


「アメフトは見た目こそ激しいスポーツだが、一番大事なのは“ルールを理解すること”と“正しい動き”だ。ここを疎かにすると、ケガをする。いいな?」


全員が頷くのを確認すると、梶本が続けた。


「今日やるのは、基本姿勢、ステップ、そして簡単なルール説明。ポジションは後で決まってくるが、全員が全体像を知っておくのは大事だ。」


「今日やるのは、基本姿勢、ステップ、そして簡単なルール説明。ポジションは後で決まってくるが、全員が全体像を知っておくのは大事だ。」


まず教わったのは「アスレチックポジション」と呼ばれる基本姿勢だった。両足を肩幅に開き、膝を軽く曲げて重心を低く保つ。腕は軽く前に出し、いつでも動ける構えを取る。


「この姿勢が基本中の基本だ。守るのも攻めるのも、ここから始まる。」


氷川のデモンストレーションに合わせ、翔も見様見真似で構える。最初はぎこちなかったが、徐々に感覚が掴めてくる。


次に学んだのは短いステップワークだった。前進、後退、左右の移動――どれも短い距離を素早く動くことが求められる。


「ふう……これだけでも結構効くな……」


駿が苦笑いを浮かべる。


「これができてないと、試合中に簡単に倒されるからな。」


梶本の言葉に、翔は無言で頷いた。動きの中で体幹が重要になるのは、野球と少し似ている気もした。


一通りの基礎を終えたところで、氷川がフィールド中央に皆を集めた。


「さて――最後に少しだけ、今の俺たちの立ち位置を話しておこう。」


氷川の表情がわずかに厳しくなる。


「このBLUEPHOENIXは、もともとは一部リーグに所属していた。だが、数年前の不祥事や主力の卒業が重なり、そこから連敗が続いた。」


梶本がゆっくりと補足する。


「今は三部リーグだ。関東大学アメフト連盟の中でも、正直、下の方さ。しかも年々部員数も減って、チームが崩壊寸前だった時期もある。」


一部リーグ――関東の強豪大学がひしめくトップの舞台。翔はその言葉の重みに思わず息を飲んだ。


「でもな。」


氷川は静かに続けた。


「だからこそ、お前たちのような新しい仲間が必要なんだ。目標ははっきりしている――三部から二部へ、そしていずれは一部復帰を目指す。」


誰もが黙って聞き入る。重圧ではない。むしろ、不思議な高揚感がそこにはあった。


「簡単じゃない。でも、やり甲斐はあるぞ。」


翔はゆっくりと拳を握りしめた。胸の中に、あの日の甲子園の悔しさと重なる新たな闘志が生まれ始めていた。


「よし――今日はここまで。明日から本格的なポジション別練習に入る。気合入れていこう!」


氷川の号令と共に、翔たちの新たな戦いの日々が本格的に始まろうとしていた。

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