第8話 入部

放課後の部室棟は、どこか静かで、教室の喧騒とはまた違った空気が漂っていた。翔は右手に入部届を持ちながら、隣を歩く柏木駿にふと目をやる。


「……本当に出すんだな、俺たち。」


「当たり前だろ?ここまで来て今さらビビってんのかよ。」


駿はいつもの軽い笑みを浮かべるが、その声の奥にはわずかな緊張がにじんでいた。翔もまた、胸の奥が微かにざわついていた。野球をやめてからのブランク、未経験の競技、そして新しい仲間たち――未知の世界へ一歩踏み出す実感が、重みとなって肩にのしかかっていた。


「まあ、どうにかなるさ。俺たちはバッテリーだったんだぜ? あの甲子園のプレッシャーに比べたら、余裕だろ。」


駿の言葉に、翔は思わず苦笑する。確かに、あの真夏の大舞台に比べれば、今はまだ入り口にすぎないのかもしれない。


アメフト部の部室の前に立つと、中から賑やかな声が聞こえてきた。ドアをノックし、恐る恐る開けると、先に来ていた同級生たちがすでに集まっていた。


「おお、神谷に柏木も来たか!」


キャプテンの氷川が、待ってたと言わんばかりに歓迎の声をかける。

「おぉ!お前が神谷か!同級生どうしよろしくな!」

一際大きな声で出迎えたのは、相撲取のような体格男だった。坊主頭に近い短髪で、いかにも体育会系といった雰囲気をまとっている。


「こいつは佐伯誠司。オフェンスライン志望だ。とにかく声がでかいから、すぐ覚えられるぞ。」氷川が小声で囁く。


佐伯の後ろから、別の男がひょこっと顔を出した。長身痩躯で眼鏡をかけ、落ち着いた雰囲気を漂わせている。


「僕は西園寺和馬。キッカー志望です。高校はサッカー部だったんですけど、、よろしく、、」


「あ、神谷です。よろしくお願いします。」


翔が軽く頭を下げると、西園寺も柔らかな笑みで応じる。続いて、少し離れたところでスマホをいじっていた小柄な男が、無造作に声をかけてきた。


「……中野陸斗、RB。まあ、走りなら負けない。」


一見無愛想だが、その声にはどこか自信が滲んでいた。翔は次々現れる個性豊かなメンバーに、少し圧倒されながらも、次第に胸の高鳴りを覚えていた。


すると、奥の方から、

「おーい!まだ自己紹介してない一年生、前でろー!」と

マネージャーの優奈が同期を集めてくれた。


「えーと、ディフェンスライン志望の本郷正樹です!よろしく!」


がっしりとした佐伯とはまた違った、柔道部出身らしい重厚な体つきが目を引く。


「僕はDBならどこでも志望の早瀬陸です。高校では陸上やってました。」


やや小柄ながら俊敏そうな体格で、控えめな笑顔を浮かべる早瀬。ディフェンスといっても多彩なタイプがいるのだと翔は改めて感じた。


さらに、一歩遅れて控えめに前に出てきたのは、長い前髪が印象的な青年だった。


「……高梨悠人です。コーナーバック志望。えっと、よろしくお願いします。」


静かながらも芯の強さを感じさせる眼差しだった。


これで同級生8人がそろった。翔は思わず一人ひとりの顔を見渡す。この先、同じフィールドで戦う仲間たち。もちろん、まだ実力も経験もバラバラだろう。でも今は、同じスタートラインに立った同志だ。


「……みんな、よろしくお願いします。」


翔が深く頭を下げると、隣の駿が笑いながら肩を叩いた。


「同期入部は8人か。なんか……始まるって感じだな。」

「ああ、本当に。」


その時、部室に柔らかくも引き締まった氷川の声が響いた。

「おし、全員そろったな!」


氷川は一人一人を見渡してから、翔と駿に目をやると、柔らかな表情で言った。

「改めて歓迎する。今日からお前たちも、BLUEPHOENIXの一員だ。最初はきついことも多いだろうが――全力でぶつかってこい。」


隣にいる梶本もにっこりと微笑む。


「困ったことがあったら、いつでも相談しろよ。同期も、先輩も、マネージャーも……全員で支えるからさ。」


その言葉に、翔は胸の奥でじんわりと温かいものが広がるのを感じた。不安もある。でも、それ以上に――期待があった。


ここで、もう一度、勝負ができる。あのマウンドとは違う場所で、また自分の全てを賭ける舞台がある。


「よし、じゃあ新生BLUEPHOENIXのスタートを円陣できろー!」

優奈の明るい声に導かれ、翔たちはグランドへ向かい円陣を組む。


様々な色のビブスが一つの円を描き、

独特な熱を帯びた掛け声が響きわたる。


「ーーーーーOne、two、three、PHOENIX!!!!」


新たな挑戦の日々が、静かに幕を開けていく――。

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