第6話 届いた、その先に

ルールを説明されながら初めて参加した練習も終盤に差し掛かるころ、氷川キャプテンの声がグラウンドに響いた。


「じゃあ最後に、1on1ドリルで締める。QBは神谷、WRは……柏木、いけるか?」


「え、俺すか?」


駿が一瞬きょとんとする。


「お前、野球部出身なら手も強いだろ。試してみろ」


「へいへい、キャプテン命令とあらばお任せ下さい」

軽口を叩きながらポジションに向かう駿。

翔は知っていた。こういう時の駿は実は一番集中してることを。


高校時代、バッテリーとして過ごした3年間。

駿は飄々とした顔で、いつだって一番大事な場面を抑えてきた。

本気になれば、あいつはやる。


「翔ーー、良いたまたのむぞー」


駿がにやりと笑う。

かつてはマウンドとホームベースで向き合っていた2人が、今は同じ方向を向いて繋がり合う。


ホイッスルが鳴る。

翔がボールを持ち、駿が走り出す。

ラッシュをかけてくる相手ディフェンスのプレッシャーに押されながら、翔は右腕を振り抜いた。


(ここだ……!)


螺旋を描くボールは駿の背面へずれて飛んでいく。

その瞬間、駿はバランスを崩しながらも、片手を伸ばした。

「うぉ、!?」


駿の手のひらに吸いつくように、ボールが止まった。


――ワンハンドキャッチ。


静まり返る一瞬。


「おい……マジかよ!」

「え、普通にすげぇんだけど!」

「バリバリの素人じゃなかったのかよ!」


周囲の歓声とどよめきに、駿は苦笑いしながら手を振る。


「あーいやいや、今のはまぐれっす!」


だが、翔は知っていた。

あれはまぐれじゃない。何度も見てきた。ここぞの場面で、駿はいつだって結果を出す。


氷川が小さく頷いた。


「面白いな、お前ら。神谷、柏木、今の1プレーでわかった。お前ら、伸びるぞ」


梶本もニヤつきながら言う。

「大型新人2人もあらわるってか?それにしても名コンビだなお前ら」


翔の胸が、じんわりと熱くなる。


(また、こいつと“チーム”で戦えるかもしれない)


優奈がタオルを持って駆け寄ってくる。


「翔くん、すっごかった! 駿くんも!二人とも、息ぴったりだったね!」


「いや、俺は投げただけです……」


「違うよ。翔くんのタイミングも、駿くんの捕り方も、なんな全部“信じてる”って感じだった!」


その言葉に、翔はふと目を伏せた。


――あの時、自分は信じられなかった。あの時、あの一球、自分だけで何とかしようとして、全部を壊した。

そんな過去の記憶が、ふと頭をかすめる。


「神谷」


氷川が近づいてきた。


「本気でやりたいなら、入部を考えてくれ。お前みたいなQB、今のチームが欲しい存在だ。」


その言葉に、翔の心が大きく揺れる。


だが、その直後。


「お前がいてくれたら、今季のリーグ良いとこいけるの確実だな!」


誰かが放った一言。


悪気はない。ただの本音。だが、その言葉が突き刺さる。

(俺なんかが、みんなの期待を背負っていいのか?)


甲子園決勝、孤独に感じたマウンド。

自分が何とかしなければ、、自分にしかできないんだと勝手に追い込まれ、みんなの夢を壊した記憶。


「……少し、考えさせてもらっていいですか」


翔の声は静かだった。


「……わかった。焦らなくていい」


氷川もまた、翔の目を見て、何かを悟ったように頷いた。


駿が隣に並ぶ。


「無理すんなよ、翔。でも、楽しかったろ? 俺ら、まだ終わっちゃいねぇって」


翔は何も答えず、手に残ったボールの感触を確かめていた。

その感触は、かつて手放した“夢”とは、少しだけ違っていた。

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