第4話 最初の一歩

数日後の午後。

翔は購買帰りのパンを片手に、駿に連れられて校舎の裏手を歩いていた。


「なあ、どこ行くんだよ。この後、外せない予定あるんだろ……?」


「ん?だからそこむかってんのよ。お前いないとだめなんよー」


「……お前、まさか」



翔が眉をひそめた瞬間、風に乗って土の匂いと歓声が届いてきた。

──日帝大学アメフト部 BLUE PHOENIX の練習グラウンド。


「はい、到着。なんと本日、体験入部キャンペーン開催中です!」


「やめろ、勝手に決めんなって!」


抗議する翔をよそに、すでにマネージャー・白石優奈が駆け寄ってくる。


「翔くん、ほんとに来てくれたんだねっ!」

さらに駿が片手を上げて叫んだ。


「すみませーん!僕と翔、体験に来ましたー!」


 


「お、お前が例のナイスパスくんだな」


現れたのは、どっしりした体格と鋭い眼差しをもつ男。短髪に浅黒い肌、まるで猛獣のような迫力がある。


「氷川隼人。3年。ポジションはMLB。チームのキャプテンやってる」

ミドルラインバッカー──守備の中心であり、攻守の読み合いを仕切る司令塔だ。


「そんなに怯えなくても良いよー、怖そうだけどすごく良いやつだから」

隣にいた熊のように大きなからだの男が言った。


「俺は梶本洸太、3年。センター。俺のスナップが無いと試合始まらないから、よろしくな」


「センター……?」


「OLの中央。QBの目の前でボール渡すやつ。見えないけどめっちゃ大事なとこ」


横から駿が補足を入れた。


「OLってのはオフェンスライン、QBってのはクォーターバックだな。攻撃の起点。パス投げたり、作戦指示するやつ」


翔が目を見開く。


「……お前、なんでそんな詳しいんだよ」


「うちの兄貴、高校でアメフトやってたんよ。ポジションはTE(タイトエンド)。俺もちょっと教えてもらってたんだ」


「へえ……知らなかった」


「言ってないし」


と笑いながら、駿は翔の背中を押した。


そのとき、無言で一人の選手が近づいてくる。

190を超える長身。精密機械のような走りでステップを踏むと、静かに立ち止まり、ただ一言。


「……投げてみて」


「こいつは藤瀬陸、2年。WR。喋らないけど、取るのは誰よりも上手い。まあうちのエースレシーバーだ。」


氷川が簡単に紹介する。


「正直、今QBいねぇんだよ。去年の主力が卒業して、今は試行錯誤。……試す意味でも、お前の球、見ておきたい」

氷川がチームの事情を翔へ伝えながら、ボールを投げ渡す。


翔は少し黙ってから、前へ出た。


グランドへ入り、掛け声に合わせて藤瀬が軽く走り出す。


翔は

──右手でボールを持つ。

重さとバランスが、野球のそれとは違う。少し戸惑いながらも、体は自然と投球動作を始める。


──ステップ、リリース。


ボールは鋭く飛んでいった――が、回転がどこか不安定だった。

スパイラルが甘く、楕円形のボールは途中でわずかに軌道を揺らす。


それでも――藤瀬は、それをあっさりとキャッチした。


静かに、まるで当たり前のように。


翔は息をつく。すると、背後から駿の声が飛ぶ。


「スパイラル、まだぶれてるな。手首の角度かも。野球と違って、楕円の重心は前にかけないと」


翔が振り返ると、駿はどこか懐かしそうに笑っていた。


「兄貴がいつも言ってた。『綺麗なスパイラルは芸術だ』って」


氷川が唸るように言う。


「なるほどな。球筋はまだ荒いけど……センスはある」


梶本が腕を組んだまま付け加える。


「パスのタイミング、読みの感覚。初見で藤瀬と合わせたのは普通にすごいぞ」


藤瀬がようやく口を開いた。


「……もう一回、投げて。次は、しっかり走るから」


その短い言葉に、翔の中の何かが、ふっと音を立てた。


指先にのこる投球感覚。


心臓が早く脈打つのを感じた。

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