第3話 教室にて
アメフト部から誘いを受けたあと、はっきりとしない気持ちを抱えながら講義を受けた翔。
1限の講義が終わり、次の必修授業の教室へと向かう。
講義前のざわついた空気の中で翔は席に着いたまま、ぼんやり窓の外を見ていた。
すると、背後からおなじみの声が響く。
「おーい翔!おまえ、また声かけられてただろ。アメフト部の!」
振り返ると、軽い笑みを浮かべた親友・柏木駿(かしわぎ しゅん)が、コンビニのパンをかじりながら近づいてきた。
中学時代からの友人で、野球部時代のチームメイトでもある。
「……なんで知ってんだよ」
「そりゃぁ、あんだけガタイ良いやついっぱいいたらめだつし。なんだ?と思ったら囲まれてるのお前なの草。あ、お前、まさかモテ期?」
「ちげーよ」
翔が顔をしかめると、駿は笑いながら隣の席に腰を下ろした。
気安くて、変に踏み込みすぎない。けれど、必要なときには誰よりも察しがいい。
翔がこの日帝大に進むと知ってついてきた腐れ縁だ。
「で?入るの?アメフト部。」
翔は少しだけ黙って、答えた。
「……わかんね。」
「そっか」
駿はそれ以上何も言わず、パンの包み紙をくしゃっと丸めた。
「ま、行きたくなったら行けばいいんじゃん?お前のタイミングでさ」
そう言って席を立ちかけたそのとき――
「ちょっと失礼。柏木くん、そこの席、私のだと思うんだけど?」
声のした方を見ると、同級生の朝比奈灯(あさひな あかり)が立っていた。
眼鏡にきちんとまとめられたポニーテール。整った顔立ちと、クールな雰囲気が目を引く同じ文理学部の優等生。
「あ、わりぃ灯ちゃん。俺の席こっちだったわ」
駿が席を移ると、灯はため息ひとつだけついてから、静かに翔の隣に座った。
教科書を広げながらも、一度だけ翔の方をちらりと見て、ぽつりと話す。
「……あれだけ必要とされてるのに、入らないの?」
翔は少し驚いて顔を上げる。
「見てたの?」
「たまたま目に入ったの。ただそれだけ。」
そう言ってまた視線をノートに落とす。
その態度は、冷たいようでいて、どこか関心を隠しきれていない。
「でも、無理するくらいならはじめからやらない方がいいわ。」
その言葉に、翔の胸の奥が一瞬だけざわついた。
「……なんで、そう思うの?」
灯はほんの少しだけ笑う。
「直感。あと……私も似たようなものだから」
鐘の音が鳴り、次の講義が始まる。
翔はまだ、灯の言葉の意味をすぐには理解できなかった。
でも、この日を境に。
翔の中で止まっていたいくつかの歯車が、少しずつ、音を立てて動き出していた。
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