第2話 勧誘

翌朝。

翔はカバンを肩にかけ、静かな裏門から講義棟へと歩いていた。

相変わらず、正門前の広場は新歓ムード全開だ。

チラシを配る学生の声と、仮設スピーカーから流れる音楽が、春の空気をにぎやかにしている。


 


(今日は目をつけられずに通り抜けたい)

そう思いながら、足を早めようとしたそのとき――


「いたー!神谷翔くん!」




名前を呼ばれ、反射的に立ち止まる。

そこには、昨日のマネージャー――白石優奈が、また全力で走ってくるところだった。

その後ろには、数人の体格のいい男たちがついてくる。アメフト部の部員たちだろう。


 


「お、おはよう!昨日はありがとう!ほんっとにナイスパスだったよ!」

「……いや、別に。たまたま投げただけで…」

翔はやや引き気味に応じながら視線をそらす。


 


「でもね、それで!部内で話題になっちゃってさ。みんな“誰あの子!?野球やってたって!?やばくない?”って!」

「はは……そうなんですね」


 


軽く笑ってその場を流そうとするが、部員たちが次々に前へ出てくる。

「君が神谷くん?すごいコントロールだったよ!」

「ピッチャーって聞いて納得。フォームがしっかりしてる」

「よかったら、一度だけでも練習見に来てみない?体験でもぜんぜんOKだからさ」


 


その“熱さ”に、翔は一瞬たじろぐ。

自分がいた野球部とは、どこか違う種類のエネルギー。

圧迫感ではなく、まっすぐな興味と歓迎の気持ち。


「……いや、俺、部活はもう……っていうか、そういうのは……」

そう言いかけたところで、優奈が一歩前に出て言った。


 


「神谷くん。昨日、“ただ通りかかっただけ”って言ってたよね。」

彼女はにこっと笑った。けれど、その目は真剣だった。

「でもさ、もしほんとにそれだけだったら、あんなボール、投げないと思うよ。」


翔は言葉に詰まった。

そのとおりだった。

昨日、ほんの一瞬。でも、腕が勝手に動いた。

体のどこかが“もう一度”を欲しがっていた。それを、自分だけがまだ認めたくなかった。


 

「……とりあえず、見に来るだけでも、さ。悪くないと思うよ?」

優奈の声は、風の音にまぎれながら、心の奥にすっと入ってきた。



翔はしばらく黙っていたが、やがてふっと小さく笑って、ポケットに手を入れた。



「……時間があったら、」


 

その言葉を聞いた優奈は、ぱっと顔を輝かせた。


「よし!じゃあ、“たまたま通りかかる”の、明日の午後ね!グラウンドで待ってるから!」

翔が何か言いかける前に、彼女はまた走り出していた。

その背中を見ながら、翔は少しだけ立ち尽くす。

もう一度、自分の右手を見つめる。

昨日より少し、指先が熱を持っている気がした。


 


春の風が、グラウンドの方へと吹いていた。

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