不幸の手糸氏

志草ねな

不幸の手糸氏

串大くしだい、ちょっといい? 話したいことがあるんだけど」

 僕が帰ろうとした時、飯島虎彦いいじまとらひこに声をかけられた。あやうく心臓が止まるかと思った。



 僕は串大優雅くしだいゆうが。優雅なんてのは名前だけの、ごく普通、いやかなり地味な中学生。

 ある日、そんな僕の机に、手紙が入っていた。


 ◆◆◆


 この手紙は不幸の手紙です。

 今週中に、三人の人にこれと同じ手紙を送りなさい。

 さもなくば、あなたは不幸になります。


 ◆◆◆


 バカバカしい。ちょっと前にテレビの「本当じゃないけど怖い話」で不幸の手紙の話をやっていたから、それを見たバカが書いたんだろう。


 僕は父さんのパソコンとプリンターを借りると、速攻で同じ文章を作って三枚印刷した。筆跡で誰が書いたかバレないように。

 そして放課後、隣のクラスに誰もいないのを確認し、誰かもわからない机に適当に放り込んだ。


 え、「バカバカしい」じゃなかったのかって?

 しょうがないじゃないか。怖いんだもん。僕も見たんだよ、本当じゃないけど怖い話。不幸の手紙を無視した人が呪いで死んじゃうってやつ。万が一、この手紙がマジで呪いだったらどうするんだよ。嫌だよ、こんなので死ぬの。


 二通の手紙を入れたところで、ふと、ある男の顔が浮かんだ。

 飯島虎彦。うちのクラスの、ものっすごいバカなやつ。そのくせ、人気者でムードメーカー的なやつ。

 正直あいつ、ムカつくんだよな。一回、怖い思いさせてやりたいな。

 そう思って、最後の一通を飯島の机に入れた。


 そして翌日の放課後。僕は飯島に声をかけられた。

 まさか、不幸の手紙を入れたのが僕だってバレたのか。

 逃げたいけど、それじゃかえって怪しまれる。僕は、平静を装った。


「何?」

「俺の机にさ、不幸の手紙ってのが入ってたんだけど」

 来た! やっぱりバレたのか! どうしよう、どうしよう……。


「なんか、なくしちゃったんだよね。どうしようか」

 無くすなよ! バーカバーカ呪われろ!

「……で、どうして僕に?」


「いや、平近ひらちかに話そうとしたら、明日の家庭科の小テストの勉強するからって、すぐ帰っちゃって」

 家庭科なんてそんなに勉強しないだろ。嫌われてんじゃないのかお前。

「で、冬野ふゆのが怖い話とか詳しいって聞いたんだけど、不幸の手紙は専門外らしくて断られて」

 冬野さん怖い話の専門家だったんだろうか。ただのおとなしい子としか思わなかったけど。


「で、コックさんに聞いてみたんだけど」

「コックさんって誰?」

「知らない? 紙に字とか書いて、お告げ聞くやつ」

 それコックリさんだろ! 本当にバカだなお前。


「コックさんで『ういあいううあ』って出たから、『串大優雅』が似てるかなーって思ったんだ」

 なんで母音ばっかなんだよ! ってあれ、確かに似てるのはなんで? ……偶然だよな、うん。


「とりあえずさ、俺の記憶を頼りに手紙書いたんだけど、どう思う?」

 飯島は、ノートをちぎって書いた手紙を僕に見せた。


 ◆◆◆


 はいけい


 じこうのあいさつです。

 この手糸氏は不幸の手糸氏です。

 今週中に、三人です。

 さむなっぱです。


 けいぐ


 飯島虎彦


 ◆◆◆


 ……頭痛がしてきた。飯島は「どう?」と、なぜか得意げだ。


「……えーと、『はいけい』と『けいぐ』と『じこうのあいさつ』はいらないと思う」

「丁寧にしてみたんだけどなー」

 漢字も書けないのに何が丁寧だ。あと「じこうのあいさつ」って多分そんなんじゃないだろ。よく知らないけど。


「あと『紙』のへんとつくりが離れすぎだよ。なんか糸と氏みたいに見える」

「串大、先生みてー」と飯島が笑う。

 笑うな。笑われるようなことやってんのはお前だろ。


「それと、『今週中に三人です』って、何が三人なのかわからない」

「何だったっけ」

 手紙を出す人数だよ! お前がわからないんじゃ送られたほうもどうしようもないだろ!


「さむなっぱ、って何? ……もしかして、『さもなくば』?」

「あーそうだ、サモナクバだ。惜しかったなー」

 惜しくねえよ! 謎の言葉作り出すな!


「……最後にさ、何で自分の名前書いたの?」

「出した人がわかるほうが親切かなー、って思ったから」

 いらねえ! 不幸の手紙の構成要素に親切心、一ミリもいらねえよ! 真逆の存在だろ!

 ……疲れた。こいつの相手するの疲れた。


「いやー、ありがとな串大。俺だけじゃどうにもならなかったよー」

 今もどうにもなってねえよ。と思いつつ、ちょっと気になったことを聞いてみた。

「飯島はさ、不幸の手紙送ってきた相手がわかったら、どうする?」


「んー、まず、手紙なくしちゃってごめんって言う。あと、何十億人の中から俺のこと選んでくれてありがとう、かな」

 ワールドワイドに不幸の手紙送るやつあんまりいないと思うから、何十億は言い過ぎだけどな。

 ああ、やっぱりこいつはものっすごいバカだ。……でも、人から好かれるのは、何となくわかった気がした。


「飯島、この手紙出すことないよ。呪いなんて嘘だよ」

 僕は飯島の書いた手紙を丸めて、ごみ箱に捨てた。

「そうなの? まーいいや、じゃあ帰ろうか」

 誰かと一緒に帰るのは、何年ぶりだっただろうか。まあ、悪くなかった。



 さて、飯島がなくした不幸の手紙。これはまあ、単なる中学生の悪ふざけで始まったものだ。呪いなど、ありはしない。

 ただ、飯島が意図せず書いてしまったもの。あれこそは……ああ、口に出すのも恐ろしい、あの「不幸の手糸氏」であったのだ!

 そんなものを無造作に捨ててしまった串大に、恐ろしい呪いが迫っていた。


 その頃、串大の両親はこんな会話をしていた。

「ママ、どうしたの? なんか辛そうだよ」

「……さっきね、私の父さんから電話が来てね。菜っ葉がたくさんあるから、送ってくれるって」

「よかったじゃないか。それが、どうかしたの?」

「その後お義父さんからも電話があって……菜っ葉送ってくれるって。なんか断るのも悪いし、ありがとうございますって言ったの」

「ああ、ちょっと多いわけか」

「それだけじゃないの! お隣の山田さんが、おすそわけって菜っ葉持ってきたの! 断ったら陰口とか言いそうでしょ、あの奥さん!」


 串大は、「さむ(some:たくさん)なっぱ」の呪いにより、好きでもない菜っ葉を大量に食うはめになったのである。


(了)

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