回顧録

年数にして137


持ち越せるのは記憶だけ。


最初の10年は、暗中模索と言ってよかった。


成すすべなく彼女が死んでいく、自棄になって滅茶苦茶な治療法を試し、苦悶する彼女に自ら安楽死処置を行ったこともあった。


精神がズタズタになった。


次の30年はとにかく知識の収集に努めた、大学図書館の蔵書を片っ端から読み漁り、時に教授に話して知見を得る。20年も経過すると相対する教授の態度が明らかに変わってきた、そりゃそうだ、何十年もの経験を積んだのだ。


そこからはよく覚えていない、ひたすら知識を収集し、5日間で彼女に試せることはすべて試した。彼女の記憶は個々に独立していたとはいえ、本当に大変な負担をかけたと思っている。


期間は137年あるが、1ループあたりの時間は5日しかない。


明らかに過剰な量の薬品を投与し、血液を始めとした各種組織を幾度となく取り、場合によっては秘密裏にメスを取り、麻酔をかけた上で臓器摘出まで行った。俺が覚えている限り、彼女は常に微笑み、泣き言一つ言わなかったはずだ。


その微笑みが俺の精神をギリギリと締めつける。


ゲームで言えば「捨てゲー」とでも称するのだろうか?そういう周回もあった。彼女に対する自分の仕打ちに、自分で自分を殴り倒したいと幾度思っただろう。


たった一回の試行のために彼女の命を犠牲にすることすらあった。俺があの時、自分自身で首をつらなかったのは、彼女が俺に対して向けた信頼の眼差しのせいだろう。


脳の記憶容量は限られている、無駄な記憶は廃し、彼女の治療に必要とされる技能と知識だけを厳選して、覚えていく。


その無限ともいえる繰り返し。


それを支えたのは、何回訪れても俺を信じてくれている彼女の顔だった。


恐らく彼女も何かを察していたのであろう。


こういう時に限って、あいつは察しがいい。




恋人「うん、キミが苦しんでるのは何となくわかる、信じてるよ」




しばらくの間は、泣きながら詫び続ける日々もあった。


そんなときも彼女は優しく俺を抱きとめてくれた。


彼女に応えなければならない。




熱意だけじゃダメだ、俺は自分の心のうち、殺せる部分は殺していった。




俺の体感で数十年が経過したころだろうか、教授が声をかけてきた。


俺にすれば数十年だが、教授にすれば昨日今日の話だ、俺に漂う雰囲気が激変していることに何かを感じ取ったのだろう。


それを一つの転機として俺のスケジュールは少し変化した。


初日で教授にこれまでの流れを説明する、最初はまず5日間でループしているという事実を信じてもらうのに苦労した、そもそも話にならないこともあった。


だがこちらには無尽の試行回数がある。どう説得すれば教授を説き伏せられるか、数十回、数百回の試行で学んでいった。説明自体も数百回、いや数千回こなすと説得力を増し、慣れたものになってくる。


二日目から四日目の間に彼女に対してあらゆる治験を行う。無論彼女の命に関わる、命を落とすような治験に関しては俺が一人で全責任を被って実施した。薬品庫を始め全設備の使用を黙認してくれた教授には感謝している。


五日目に教授と話し合い、忘れるべき記憶、残すべき記憶を吟味する。


俺は周回の度に彼女と教授に礼を言っていた、たとえ二人が、全世界が忘れたとしても言わなければ俺の気が済まなかったのだ。

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