第2話 白い毒蛇と優しい檻

七瀬アミは、学園でも有名な“聖女”だった。


誰にでも笑顔で接し、成績は常に上位。部活では副部長を務め、学級委員としても教師からの信頼が厚い。

けれどその裏側では、“彼女に嫌われた人間”が次々と孤立し、やがて退学へと追い込まれていた。


僕はその仕組みを、外側から眺めていた。


昼休み、僕は1年D組の廊下の隅で、密かにノートPCを操作していた。

映像、音声、SNSのログ。それに“嘘くさい笑顔”の写真。


「七瀬アミ。……見事な構築だね。加害者の顔はどこにも残ってない」


彼女は直接手を下さない。

命令も出さない。周囲が“勝手に”忖度して、ターゲットを排除していく。


その全てが、「七瀬アミに嫌われた」ことがきっかけになる。


表の顔を完全に維持しながら、裏で人を壊していく。

いじめとしては、上出来だった。


でも、それは“僕が許せないもの”の代表例でもある。


「終夜くん?」


声がして、僕は顔を上げる。

廊下の向こうから、白いセーター姿の少女が歩いてきていた。


七瀬アミ本人だ。


「こんなところで何してるの? 迷子?」


笑顔。小首を傾げた、完璧な演技。

でも、目だけが笑っていなかった。


「僕は“迷子”にならない性質でね。獲物の足音が聞こえれば、すぐ追いかける」


「ふふっ、よくわかんないけど……面白いこと言うんだね。終夜くん、だったよね。私のこと、知ってる?」


「噂は聞いたよ。すごく優しくて、誰にでも平等で――。でも、“気づいたらクラスから消えてる人がいる”ってね」


一瞬、アミの笑みが止まった。けれど、それは一瞬だけだった。


「そうだね、クラスの空気って大事だもん。合わない人は、やっぱり……自分から離れていっちゃうんじゃないかな?」


「それは偶然じゃない。君が空気を作ってるんだ。“気づかせる”ように仕向けて、誰かを悪者にしてる。

そのやり方、僕も昔やったことがあるから、すぐにわかる」


「へえ。……もしかして、正義感のつもり?」


アミの声のトーンが、少しだけ低くなる。


「でもね、正義ってさ、味方がいないと成立しないんだよ。

クラス全員が私の味方なら、“あなたの正しさ”なんて、ただの異物にしかならない」


僕は淡々と答えた。


「別に味方なんていらない。“異物”のままでいい。

……ただ、君の“作った空気”を壊すには、それで十分だ」


そのとき、背後の空気が変わった。


足音。数人の男子生徒が、無言で僕の周囲を囲む。


アミが言う。


「私に逆らうと、こうなるって、わかってもらうためにね。痛い目、見てもらうよ?」


僕はため息をついた。


「……忠告はしたんだけどな」


男子生徒の一人が、無言で拳を振り上げてきた。

その拳が振り下ろされるより先に、僕の足が彼の膝を弾いた。


バギッ。


鈍い音とともに、彼の足が逆方向に折れ、叫び声が響いた。

続けて僕は、背後のもう一人の手首を捻り、肘に体重を乗せて倒す。


「なっ……!」


アミが、目を見開いた。


僕は淡々と、残りの一人の肩を押さえ――正確に関節を外した。


3人は数秒で沈黙した。


僕はハンカチで自分の手を拭きながら、アミに言う。


「君の“空気”はもう通用しない。

これから一人ひとり、君に従っていた人間の“選択”を変えていく。

――君が築いた王国は、もうすぐ崩れるよ」


アミは、初めて、笑わなかった。


彼女の瞳に浮かんでいたのは――怒りか、恐怖か、それとも。

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