第1話 罪は正義では裁けない
煌星学園の生徒会室は、静かだった。
午後四時を過ぎた校舎は、放課後の喧騒が遠く、静寂に包まれている。
その中心で、僕――終夜はひとり、椅子に座っていた。
「来たわね。……早かったじゃない」
そう言ったのは、生徒会副会長・姫宮アヤネ。
長い黒髪、整った制服の着こなし、そして冷徹な眼差し。教室では優等生として知られているが、本性はそれとは別物。僕のような“人間”を、まっすぐに雇える器の持ち主だ。
「鬼塚は倒した。手加減はしたつもりだけど……バットを持ってたから、過剰防衛にはならないよね」
「ええ、大丈夫。正当防衛と記録しておくわ。証言者は三人。目撃カメラは……倉庫裏に仕掛けたドローンが抑えてある」
アヤネはデスクの上で指を組むと、こちらをまっすぐに見据えた。
「次のターゲットも、すでに選定済みよ」
「随分、段取りがいいね。……僕が引き受けるって、まだ言ってないんだけど」
「でも、あなたは来た」
「それは……確認のためだよ。僕にできることと、あなたが求めてることが、一致してるかどうか」
僕は机の上に置かれた赤いファイルに目を落とした。
その中には、生徒の“悪行”が綴られていた。
暴行、強要、盗撮、買収、虚偽の陳述。
教師が見逃し、生徒が沈黙し、学校が「見なかったこと」にしてきたものばかり。
アヤネが言う。
「私たち生徒会は、表向き“自治組織”として活動している。でも実際は、学園の“検閲機関”に過ぎない。腐った根は、処理されず、残り続ける」
「そして、それを“暴力で抑える役”が僕ってわけだ」
「……ええ。暴力と、知恵と、過去。あなたの全部を使って。やれるでしょう?」
僕はしばらく沈黙し、窓の外に目を向ける。
夕暮れの陽が落ちていく。その色は、血のように赤かった。
「……昔、僕は“理由なく殴る側”だった。相手が嫌いだったとか、ムカついたとかじゃない。たまたま弱そうだったから。きっかけなんて、それで十分だった」
アヤネは目を伏せず、じっと僕を見ていた。
「自分のことを許してるつもりはない。ただ――」
僕はゆっくりと立ち上がる。
「同じような奴らを見過ごすのは、もっと無理だ」
アヤネがわずかに笑った。
笑顔ではない。冷静な確信に似た表情。
「……それでいい。あなたには“贖罪”の意味なんて理解してもらわなくていい。
ただ、“罪を叩き潰す技術”だけがあればいい」
「なら、契約成立だ」
僕は手袋を外し、彼女の手と軽く握手を交わす。
アヤネの指は冷たかった。だけど、どこか安心できた。
彼女もまた、どこかに傷を抱えている――そんな気がした。
「次の標的は?」
「1年D組。女子生徒・七瀬アミ。通称“白い毒蛇”。
巧妙に仕組まれた内部いじめを行っている。証拠は少ない。けれど、私たちは確信している。……その笑顔の裏に牙があるって」
「了解。じゃあ……毒の抜き方、教えてあげるよ」
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