第3話 優等生の仮面が砕けるとき

それから三日間――。


僕は動いた。


七瀬アミが操っていた“空気”を壊すために。


従っていた生徒たちの一人ひとりに接触し、“脅し”でも“共感”でもない第三の手段――“真実”をぶつけた。


SNSの匿名投稿、彼女が差し向けた“自発的いじめ”の証拠。

その多くは、彼ら自身が気づいていなかった“自分が加害者だった”という記録だ。


「な、なんで……俺が、いじめてたなんて言われるんだよ……」


「言い訳してもいい。だけどこれを見れば、どう思われるかは……わかるよね」


スクリーンに映した動画。教室の隅で、ターゲットが泣いている。

その周囲で笑いながら写真を撮っていたのは、今、僕の前で震えている男子生徒自身だった。


「アミさんに言われたわけじゃ……でも、“空気”があって……」


「だからって、何をしてもいい理由にはならない。

でも、君がこれからどうするかは、まだ選べる」


僕は選択を強制しない。


僕は命令しない。


ただ、知ってもらう。

自分がどこに立っていて、何を見ようとしていなかったか。


それだけで、人は少し変わる。


三日目の放課後。

僕は、生徒会室のドアをノックした。


中にいたのは、生徒会長――氷堂カエデだった。


「終夜くん。どうやら、例の“聖女”がひどく不機嫌らしいわ」


カエデは淡々と言いながら、紅茶を差し出してきた。


「学年主任にも噂が届いたわ。“七瀬アミの周辺で、妙に証言が揃っている”って。あなたが動いたことはバレてるかもしれないけど……」


「問題ないよ。彼女は、バレないように“演じる”ことしかしてこなかったから。

その限界は、もう近い」


カエデは笑った。けれどその目は、いつものように冷静だった。


「今度は、彼女があなたの“過去”を掘り返そうとするかもしれないわね。

終夜くん――あなたが“元いじめっ子”だったという事実を、暴いてくる」


「それも、織り込み済みだよ」


僕は紅茶に口をつけながら言う。


「誰かが言い出す前に、僕自身で公開する。

“僕はかつて、人を壊していた”。そう言えば、彼女の手は詰まる」


「……自白は、強い武器ね。開き直りに見えるけど、本質的には防御じゃなくて――“攻撃”」


「うん。本音を曝け出すことは、彼女にとって一番恐ろしいことだから」


その夜。

学内SNSに、ひとつの匿名動画が投稿された。


内容は、僕――終夜が中学生時代、クラスメイトに対して行っていた“制裁”の一部始終。

言葉による支配、空気を利用した排除。かつて僕が“楽しんでいた悪行”だ。


投稿者名は記されていない。

しかし映像の中で、僕はこう語っている。


「僕は、最低の加害者だった。誰かを追い詰め、壊すことでしか生きられなかった」


「けれど今は、違う理由で戦っている。

かつての自分の“技術”を、今は“止めるため”に使っている」


「それが赦されるとは思っていない。でも、止まるつもりもない」


翌朝、学園中が騒然となった。


「終夜って……あの人だったの?」


「嘘でしょ、あんなに冷静で、目立たなかったのに……」


「でも……この前、アミに立ち向かったって聞いた。アイツ、怖くないのかな……」


それでも、僕は何も言わなかった。


その代わり――。


七瀬アミのクラスの黒板に、誰が貼ったのかもわからない1枚の紙があった。


《優しい人を演じるのって、疲れない?》


そこには、七瀬アミが過去に口にした、“誰にも聞かれなかったはずの言葉”が記されていた。


彼女の仮面に、最初のヒビが入った。

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