第12話side:Kamiya「さようならなんて、言わせるもんか」



 ――橘凛が転校したのは、2年の冬だった。


 理由は“家庭の都合”とされていたけど、

 噂をたどればすぐにわかった。

 彼女は、入院していた。


 


 白血病。

 完治は難しく、治療には時間がかかる。

 でも、命に関わる可能性もある――そんな病名だった。


 


 俺はそのとき、凛とクラスで少し話す程度の関係だった。

 友達って呼ぶには遠く、でもなぜか目が離せない存在で。


 


 (きっと、もう話すこともないだろう)

 そう思っていた。


 


 ――でも、彼女から連絡が来た。


「神谷くん、学校で誰にも言ってないけど……ちょっとだけ、会いに来てくれない?」


 


 驚いた。でも、すぐに返事をした。

 その冬の病室。

 点滴と、消毒液のにおいと、淡いカスミソウの花。


 


 凛は、笑っていた。

 それが逆に怖かった。


 


 「ごめんね、急に」

 「……謝るな。元気そうで、よかった」


 


 「元気じゃないよ」

 そう言って、冗談みたいに笑った彼女の顔を、

 今でも鮮明に思い出せる。


 


 何度も見舞いに行くうちに、

 俺たちは少しずつ、心の距離を縮めた。


 


 ある日、彼女がぽつりと言った。


 


 「わたしね、もっと“普通の高校生活”がしたかったな」

 「文化祭とか、体育祭とか、制服デートとか……」

 「誰かと、名前で呼び合って……普通に、未来の話とか、したかった」


 


 そのとき俺は思った。


 もし彼女がここから出られたら、

 そういう日々を、俺が全部用意しようって。


 


 でも――その日は来なかった。


 


 冬の終わり。

 彼女の容態は急変した。


 


 意識がもうろうとする中で、

 彼女は最後にこう言った。


 


 「神谷くん、ありがとう。

  でも――

  ほんとは、最後に会いたかった人がいたの」


 


 胸を、ナイフで刺されたようだった。

 彼女の視線の先には、

 もういない誰かがいた。


 


 名前は出さなかった。

 でも、わかっていた。


 


 彼女が言えなかった本音。

 本当は、**“桜井奏”**の名前を呼びたかったんだろう。


 


 そして俺は、誓った。


 


 (もし――もう一度やり直せるなら、

  今度こそ俺が、凛を一番近くで守る)


 


 それから数週間後。

 ある朝、目を覚ましたら、時間は戻っていた。


 


 これは、神様なんかじゃない。

 彼女を一番傍で見ていた“俺の願い”が引き寄せた奇跡だと、そう信じている。


 


 ――だから、誰にも渡す気はない。


 たとえ、彼女が最後に呼びたかったのが奏だったとしても。


 


 今、ここにいるのは、俺だ。

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