第5話「思い出せない未来」


 朝、目が覚めてすぐ違和感に気づいた。


 スマホに届いた通知――

 【今日は体育祭予行日です】

 そんな学校からの一斉メール。


 


 (……予行? 体育祭って、こんな時期だっけ?)


 


 俺の記憶では、体育祭は6月のはず。

 今はまだ5月の半ば。


 カレンダーを確認してみても、今年の体育祭はなぜか5月末開催になっていた。


 


 「まさか、もう未来が変わり始めてる……?」


 


 それは予想していたことでもあり、

 同時に一番怖れていたことでもあった。


 


 未来を知っていることで、俺は凛を守ることができた。

 でも、“知っていた未来”が変わるなら、

 これから起きることは――もう予測できない。


 


 学校に着いても、ざわざわした感覚は拭えなかった。


 そして昼休み。


 屋上に呼び出された俺は、思いもよらない人物と対面する。


 


 「……お前、最近なんか変だよな」


 


 そう言ったのは、相沢 直哉(あいざわ なおや)。

 未来では凛とほとんど接点がなく、俺とも浅い関係だったはずの同級生。


 


 「何が言いたいんだ?」


 「橘と仲いいよな。付き合ってんの?」


 「――それが何?」


 「いや、別に。ただ……変なんだよ。お前、前はそんなに橘のこと見てなかったろ?」


 


 心臓が、ドクンと音を立てた。

 確かに、俺は“前の人生”では凛とそこまで親密ではなかった。

 だからこそ、目立たないように振る舞っていたはずだった。


 


 (まさか……俺の行動が、他人に違和感を与え始めてる?)


 


 未来を変えるということは、自分自身の立ち位置さえも変えてしまうことになる。

 誰も気づかないはずだった“やり直しの人生”が、

 今、少しずつ歪みを生み始めている。


 


 その日の放課後。

 凛は少し顔色がよく、笑顔も自然に見えた。


 「ねえ奏、今週の金曜、体育祭予行でしょ? お弁当作ってこっか?」


 


 そんな些細な提案すら、

 俺の中では“聞いたことのない未来”だった。


 


 「……ありがと。でも無理しないでな?」


 「うん、無理はしない。ちゃんと食べてほしいだけ」


 


 ――この未来は、

 もう俺が知っている“未来”じゃない。


 


 変えたはずの過去が、

 別の何かを引き寄せてしまったのかもしれない。


 


 (これから何が起こる? 俺は……本当に凛を守れてるのか?)


 


 未来を変えるということは、

 “保証のない道”を選ぶこと。


 だけど俺は、もう後戻りはしない。


 たとえ記憶にない未来だとしても、

 その先に、凛が笑っていられるなら――


 


 それだけで、十分なんだ。

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