第4話「君が、消えないために」

 次の週、凛は病院に行った。


 本人の言葉どおり、“念のため”という軽い気持ちで。

 でも俺は、何気ないふりをしながら、内心ずっと張り詰めていた。


 


 (未来では、この検査結果で異常が見つかって、年末に入院していた)


 戻ってきた今、俺の介入で結果が変わるのか。

 それとも、やはり“運命”は避けられないのか――


 


 その日、夕方。

 凛からLINEが届いた。


 


【検査、行ってきた。ちょっとだけ気になる数値あったみたい】

【でも、すぐどうこうじゃないって。疲れのせいかもって】

【あした、学校行く】


 


 “すぐどうこうじゃない”

 その言葉に、心の奥がかすかに波打った。

 ――つまり、“完全に問題ない”わけじゃない。


 


 (やっぱり未来は簡単には変わらない)


 


 次の日、学校に来た凛は笑っていた。

 でも、その笑顔の奥に、少しだけ影が差していた。


 


 放課後。

 帰り道、ふたりで河川敷を歩く。

 夕日が長く影を伸ばして、街全体を赤く染めていた。


 


 「……ねえ、奏ってさ」

 「ん?」

 「なんで、あんなに必死だったの?」


 


 突然、凛が立ち止まる。

 風がふわりと彼女の髪を揺らす。


 


 「“病院行け”って、あんなに言われたの初めて。ちょっとびっくりした」

 「……だって、心配だったから」


 


 その言葉に、凛はうつむいて、ぽつりとこぼした。


 


 「怖かったんだ、ほんとは」


 


 その声は、あまりにも小さくて、でも、

 確かに震えていた。


 


 「検査とか、病気とか。

 ……自分が、だんだん消えてくみたいで、怖かった」


 


 俺の胸が、ぎゅっと締めつけられた。


 凛は、未来でもこうやって、

 誰にも言えないまま、たった一人で不安と戦ってたんだ。


 


 「ごめんね。私、強がってばっかで……。

 本当は、不安でいっぱいだったのに」


 


 「凛」


 


 言葉じゃ足りなかった。

 だから俺は、彼女の手をそっと取った。


 


 「俺は、ここにいるよ。

 消えるなら、絶対に止める。

 君が、消えないように……何度だって守る」


 


 凛が目を見開いて、少し泣きそうな顔で笑った。


 


 「……変なこと言うね、奏って」

 「変でもいい。嘘でも、重くても、どう思われたっていい」

 「なんでそこまで……?」

 「……俺、君のことが、好きだから」


 


 風が止んだ。

 遠くで夕焼けの光が川面に揺れる。


 


 凛は、泣きそうな顔のまま、

 その手を、ぎゅっと握り返してくれた。


 


 「ありがとう。

 ……奏が言ってくれて、ほんとによかった」


 


 それは、過去では聞けなかった言葉。

 “もう一度この時間をくれた誰か”に、心の中で小さく感謝した。


 


 君は、ちゃんとここにいる。

 まだ――未来は変えられる。

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