第3話「この嘘が、君を救えるなら」
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日曜日の朝。
風は冷たいけど、空は雲ひとつなかった。
俺は制服じゃなく、私服のポケットに手を突っ込みながら、駅前で凛を待っていた。
スマホの時刻は10時ちょうど。
「……お待たせ」
少し遅れてやってきた凛は、白いニットとロングコートに身を包んでいた。
その顔色は――ほんの少しだけ、青い。
「悪い、待った?」
「ううん。今来たとこ」
「それ、いつも俺が言ってるセリフ」
「今日は返してあげたの」
笑っているけど、どこかぎこちない。
朝から体調が悪いのかもしれない。
俺たちは電車に乗り、10分ほど揺られて目的の駅に降り立った。
「へぇ……ここ、なんかおしゃれだね」
「でしょ。知り合いに聞いてさ。カフェなのに病院の敷地内って珍しいなって思って」
嘘だ。そんな知り合いはいない。
未来の記憶で知ってるだけ。
でも、こうでもしなきゃ凛をここに連れてこれなかった。
少しでも体を診てもらえる可能性があるなら、この場所がベストだった。
カフェは中庭に面していて、テラス席もあった。
落ち着いた雰囲気に、凛も少しだけほっとしたような顔をしていた。
「こんなとこ、デートに選ぶとか奏ってセンスあるじゃん」
「だろ?」
凛がカップを持ち上げ、紅茶を一口飲んだとき、
手がわずかに震えたのを、俺は見逃さなかった。
「……最近、ちゃんと寝てる?」
「うん。寝てるよ?」
「じゃあ、ごはんは? 食べてる?」
「……まあ、普通に。ちょっと食欲ない日もあるけど」
俺は、少し息を整えてから言った。
「この病院さ、健康診断もできるんだって。簡単なやつ」
「えっ……」
「もし時間あったら、ついでに見てもらってもいいかもなって」
凛の表情が、一瞬だけ曇った。
「……心配しすぎじゃない?」
「そうかもしれない。でも、俺……凛のこと、ずっと気になってたんだ」
俺の言葉に、彼女は視線をそらした。
「……実はね、最近、朝がつらくて。たまに立ちくらみとか、階段で息切れとか……」
「それ、病院行く理由になるよ」
凛は、少し困ったように笑った。
「でも、大げさかもって思ってたの。誰かに言うのも、なんか怖くて……」
「怖いのは、何もせずに手遅れになることだよ」
言葉が強くなってしまった。
でも、それでも――彼女の未来を守るためなら、嘘でも、強引でも構わないと思った。
「……ごめん。でも、今日は来てくれてありがとう」
その言葉に、凛は目を見開いて、
ほんの少しだけ、頬を赤くした。
「……変なの。なんか今日の奏、ずっと優しい」
「前から優しかったけど?」
「ううん。なんか、“失いたくないもの”みたいな目、してる」
ドキッとした。
凛は、鋭いときは驚くほど勘がいい。
でも、それでもまだ全部は見えていない。
――この世界が“二周目”だなんて、もちろん知らない。
「……検査、受けてみる。今日じゃなくても、ちゃんと病院行ってみる」
その一言に、心の中で何かがほどけた気がした。
この嘘は、報われたんだと思えた。
それでも。
――もしまた、彼女が遠ざかってしまう未来が待っていたら。
どれだけ俺が動いても、変わらない“定め”だったとしたら。
それでも構わない。
この手を伸ばし続ける限り、後悔だけはしないから。
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