第2話「気づいてるくせに、気づかないふりしてる」


 凛の顔色が、また少し悪くなっていた。


 彼女は気づかれないように笑っていたけど、俺は知っている。

 前の人生でも、こんな風に「大丈夫だよ」って笑ってた。

 何か言うと「心配性だな」って返してくる、あの感じ。


 


 ――そしてそのまま、冬のある日、倒れた。


 あの時の記憶が、胸の奥にしこりのように残っている。


 


 「凛、今日の授業、休んでもいいんじゃない?」

 「え? なんで?」


 


 今朝の登校中、少し息を切らしていた。

 教室では、頬が少し赤い。熱があるわけじゃなさそうだけど、身体がつらそうなのは明らかだった。


 


 「いや……ちょっと顔色、悪いから」

 「そう? 鏡見たけど、普通だったよ」

 「……本当に?」


 


 凛は、一瞬だけ視線をそらした。


 (やっぱり、気づいてる)


 


 でも、口に出さない。

 自分の体調より、周囲への気遣いが先に立つ――それが凛だった。


 強がりで、優しくて、少しだけ不器用。


 そして、それが命を縮めた。


 


 (今度は、黙って見てるわけにはいかない)


 


 「なあ、日曜さ。ちょっと付き合ってくれない?」

 「えっ、なに? デートの誘い?」

 「……まあ、そんなとこ」


 


 「急にどうしたの。変なの」

 「ちょっと気になる場所があってさ。行ってみたいんだよね」


 


 本当は、街の大きな病院の敷地内にあるカフェ。

 事前に調べて、**“検査もできるし、カフェとしても人気”**という場所を見つけた。


 彼女を無理に連れていくわけにはいかない。

 でも、行けば必ず何か感じるはずだ。


 


 「……いいよ、日曜。行こうか」


 


 凛が笑った。その笑顔に少し安心する。


 (今度は、間に合う。絶対に)


 


 その日の午後、保健室の前を通りかかった時、

 たまたまドアの向こうから聞こえてきた先生の声が耳に入った。


 


 「橘さん、やっぱり今日も貧血ぎみみたい。検査受けたほうがいいんじゃ……」

 「だ、大丈夫です。ちゃんと寝てますし……」


 


 返事の声は、小さく震えていた。

 俺は拳を握りしめた。


 


 (やっぱり、無理してる)


 


 けど――そういう子なんだ。

 だから、俺が気づいて、動かないと。


 


 日曜日。

 彼女と出かけるのは、人生で“初めて”だった。


 でもそれは、未来を変えるための第一歩。


 


 手をつなぐわけでもない。

 甘い言葉を交わすわけでもない。


 だけど俺は、彼女の笑顔の裏にあるものを、

 ちゃんと見ようと決めていた。

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