第十五話 独りぼっちの魔物

 扉を開けると、そこは何の変哲もない、小さな子供部屋だった。ぬいぐるみやロボットが部屋に散らかり、天井からは星や月をかたどった飾りがぶら下がっている。その部屋の中央に、一人の子供がいた。病衣のような黒い服に身を包み、死人のように青白い肌をしている。子供は金髪を揺らし、こちらを見る。人間のものとは思えない赤い瞳が、レオナの姿をとらえた。手足に巻いた包帯を引きずりながら、レオナを見る。


「初めまして、僕がエフィルだよ。まさか幻を打ち破っちゃうなんてね」


エフィル……。この子供こそ、人々を魔物に変えた張本人。師匠を死に至らしめた魔物だ。ヒトの形をした魔物は、無機質な笑顔を浮かべてレオナを見ている。足首と手首には、鎖の千切れた足枷がついており、それに沿って包帯が痛々しく擦り切れていた。レオナはエフィルから感じられる冷たい憎悪に、体を震わせる。


「君が何をしに来たのかはわかっているよ。僕を殺しに来たんでしょ?」


「そんな事はしない。僕は君を助けに来たんだ」


エフィルは貫くような視線をレオナに向ける。まるで人間の邪悪な本性を見透かすようだ。レオナは一瞬硬直するが、すぐに首を横に振った。それを見るとエフィルは、作り物の笑顔を向ける。


「へえ、そうじゃないんだ。……君たち人間はいつもそうだよね。綺麗事を言っても結局は僕を殺そうとするんだ」


「僕はもう、君を憎んだりしない。君を助けたいんだ」


エフィルはうつむき、悲しげに呟く。抉るような言葉の一つ一つから、エフィルが過去にどんな思いをしたのか、レオナにも感じられた。人間に対する強い憎しみ。その中に胸が張り裂けそうなほどの悲しみがあった。エフィルは手を掲げ、光を集める。


「君も魔物になって思い知るといいよ。自分の心の醜さをね!」


エフィルはレオナに向かって赤い光を放出する。レオナは防ぐすべもなく、光を全身に受けてしまった。レオナはその光景に、師匠を重ねた。だが、あの時とは違い、師匠はいない。熱い。全身が焼け焦げてしまいそうだ。


 しかし、その痛みはすぐに治まった。レオナを覆う光が、突然振り払われたのだ。レオナは自分の姿を恐る恐る見た。肌色の手、床を踏みしめる二本の脚。人間のままだ。レオナは安堵すると同時に、誰かの気配を感じた。ひどく懐かしい気配だ。とんがり帽子の、偉大な魔法使い。思わずレオナは師の名前を呼びそうになった。


「その力……。そうか、君はパーシヴァルの弟子なんだね」


エフィルは驚くそぶりも見せず、微笑する。そして再び手を掲げ、光を集め始めた。どす黒い光が渦巻くように、エフィルの周りに立ち込める。


「でも、君が何者なのかなんて僕には関係ない。君の旅はここで終わりだからね!」


エフィルは巨大な黒い光を、レオナに向かって投げつける。レオナはすぐに筆箒を構え、盾を作り出した。盾と光がぶつかり合い、レオナは押されていく。全てを憎しみで塗り潰してしまいそうなほど、光の黒は深い。どす黒い光は徐々に大きくなり、盾を打ち砕いた。エフィルの光がレオナに直撃する。その瞬間、レオナの意識は体から引きはがされていく。圧倒的な力を前にして、レオナの顔には絶望が浮かんだ。……勝てない。力の差がありすぎる。薄れゆく意識の中、レオナの目の前には今までの出来事が走馬灯のように流れてきた。パーシヴァル、セルマ、アルマンド、グリフ……。今まで出会ってきた人々の顔が浮かぶ。旅は、どうやらここまでのようだ。レオナはゆっくりと目を閉じる。


「いや、まだ諦めちゃだめだ!」


心の中で、レオナを鼓舞する声が響いてくる。その声はほかでもない、レオナ自身の声だった。レオナは驚いて目を開け、辺りを見る。しかし、何も見えない。暗闇が続くだけだ。本当に死んでしまったのだろうか。

 その時、周囲からレオナを呼ぶ声がかすかに聞こえる。レオナは耳を澄ませる。命の糸をたぐり寄せるように、声を探し続けた。


「魔法使いさん、負けないで!」


「魔法使いさんなら出来るよ! すげー魔法が出せるんだから!」


「セルマ……アルマンド……」


姿こそ見えないが、確かに二人の声が聞こえてきた。レオナにはそれは本当に二人が発したものなのかは分からない。だが、レオナはさらに呼び声に耳を傾ける。


「何をしておる。ワシに立ち向かったときの勇気はどうしたのだ!?」


「忘れんなよ。お前は一人じゃない、仲間がいるんだぜ」


「ドレイクさん、エドガーさん……」


次々と聞こえてくる声は、レオナの体の奥底から力をわき上がらせた。レオナは痛みで軋む体を支えて立ち上がる。一人じゃない。レオナには支えてくれる仲間がいるのだ。どんなに離れていても、どこかでレオナの無事を祈っている仲間が。


「細かいことはいいんだ。オイラとお前は友達、理由はそれだけでいいんだよ」


「アンタなら、誰にも出来ないことをやり遂げられるぜ」


「君は可能性を秘めている。ひょっとしたら僕らの未来を変えてしまうほどのな」


馴染みのある声達に、レオナは筆箒を強く握りしめた。今までの思い出が、レオナを鼓舞する。まだ、体は動く。呼吸も出来る。望みは潰えたわけではないのだ。


「どうか、あの子を救ってくれ」


「アダムスさん……!」


レオナの胸の中に熱い想いが込み上がってきた。レオナは胸に手を当てる。心臓の音が聞こえた。希望が溢れるように、鼓動は強くなる。


「お前にはすべてを変える力がある。これまでの旅の中で、お前はそれが何かは見つけているはずだ」


グリフの声に、レオナは奮い立つ。レオナの体の奥底から、さらに活力が押し寄せてくる。


「さあ、レオナ。筆箒に思いを伝えるんだ。君の気持ちを、エフィルに届けるんだ」


「……うん!」


姿を見ずとも、レオナは声に答えた。そうだ……。まだ倒れるわけにはいかない。まだ助けたい子がいる。独り寂しく泣いているあの子が。レオナは筆箒を強く握り、今までの旅を思い浮かべる。すると、レオナの周囲に、色とりどりの光が浮かんだ。光は目まぐるしく駆け、筆先に集まった。レオナには感じられる。今までの旅で得てきた力が。


 セルマと出会って、“優しさ”が芽生えた。

 ドレイクと戦って、“勇気”を抱いた。

 デイビーと友達になって、“希望”を持てた。

 エドガーの試練を受け、“忍耐”を覚えた。

 ロイドを説得して、“可能性”を見いだした。

 ダミアンと約束し、“信頼”を受け取った。

 アダムスと対峙し、“覚悟”を見せた。


……そして、グリフに庇われて、“博愛”を目の当たりにした。


「みんな……ありがとう……」


この力はレオナ一人の物ではないのだ。八つの光は合わさり、虹色の光を作り出す。虹色の光はレオナの筆先に宿る。全身に、とてつもない力が伝わってきた。みんなの力の鼓動が聞こえてくる。レオナは顔を上げ、虹色の筆箒を振り上げた。すると、暗闇が振り払われ、視界が一気に開ける。


 エフィルは僅かに眉を上げた。エフィルは信じられなさそうに、レオナを見ている。レオナは足を踏みしめ、エフィルと向き合った。もう大丈夫だ。仲間がいる。


「…………へぇ、まだ動くんだ。もう体はボロボロなのに」


「みんなが僕に力をくれたんだ。みんなのためにも、僕は倒れる訳にはいかない」


エフィルは目を見開きながらも、余裕の態度を取る。レオナは真剣な表情で、エフィルを見た。エフィルは歪んだ笑みを浮かべ、宙に浮き上がる。そして、体中からどす黒い光を放った。子供部屋が揺れ動き、崩れていく。光が空を飲み込み、暗雲が立ちこめた。城の一角が崩壊し、レオナとエフィルは雷が渦巻く空の下で向き合う。光が収まり、エフィルはその姿を現す。背中には大きな白い翼が生え、鎌のような三本の尻尾をゆらゆらと動かす。子供の姿であることには変わりないが、その姿はかつての魔王そのものであった。エフィルは不敵な笑みを浮かべて、レオナを見る。


「なら、僕も全力を出そう。二度と君が立ち上がらないようにしてあげるよ!」


エフィルは無数の黒い光を撃ち出す。レオナは筆箒を振り、虹色の光を放出する。虹と黒は衝突し、弾け飛んだ。レオナは筆先を見た。今までに見たことがない魔法だ。どうして魔法が出せたのか分からない。しかし、巨大な力だ。エフィルは光を弾かれ、尻込みする。


「お友達の力を借りたみたいだけど、それも無意味にだよ。友達はいつか君から離れていくんだ」


「そんな事はないよ! みんなは僕を信じてくれたんだ!」


エフィルは憎々しげに、レオナを見る。翼を羽ばたかせ、レオナに向かって羽毛を飛ばしてきた。槍のように鋭い羽毛が襲い来る。レオナはとっさに盾を作り出し、羽毛を弾く。エフィルは顔をしかめて、黒い光を再び飛ばしてくる。レオナは降り注ぐ光を次々と躱していった。


「あの子もそうだよ。あの子は僕の一番の友達だった。だけど、あの子は僕を殺そうとしたんだ」


エフィルはレオナの足下の空間を歪ませる。レオナの足下はブラックホールのように渦巻き、レオナを飲み込もうとした。レオナは踏ん張るも、暗闇がすぐそこまで手招きする。


「人間はみんなそうだよ。自分と違ったらすぐに排除しようとする。僕はただ生きたかっただけなのに……」


レオナは虹色の光を作り出す。光は広がり、暗闇を払いのけた。エフィルの攻撃は、より苛烈になる。レオナは迫り来る光弾を躱していく。


「人間か魔物かなんて関係ないよ。君が生きていい場所は絶対にあるんだ!」


レオナはエフィルに必死に訴えかける。だが、虚ろな表情のまま、エフィルは攻撃の手を緩めようとしない。


「さぁ、もう君と話すことなんて無い! さっさとくたばりなよ!」


エフィルは手に黒い光を集める。光は巨大な球体と化し、エフィルの目の前でうめき声を上げるように不気味に歪む。レオナの足下が、激しく揺れ始める。黒い球体の周囲は、異次元のようにねじ曲げられた。これまでに無いくらい、激しい憎しみと怒りが込められている。すさまじい殺気を感じ取り、レオナも戦慄した。だが、レオナの決意も固い。


「魔法よ! 僕の思いに応えてくれ!」


筆箒を握りしめ、レオナも虹色の光をありったけ作り出す。虹色の光はまばゆく輝き、レオナを照らす。


「さようなら、小さな魔法使いさん」


エフィルは勢いよく球体を飛ばす。レオナも虹色の光弾を撃ち出した。二つの光はぶつかり合い、激しく発光する。レオナもエフィルも押されそうになり、踏ん張った。だが、エフィルの光の方が、レオナよりも僅かに強い。レオナの筆箒を握る手が弱くなる。その時、見えない誰かがレオナの筆箒を握るのを感じた。一人じゃない。それもレオナがよく知っている人達だ。エフィルも気配を感じ取ったのか、目元を上げる。レオナは姿の見えない気配に頷き、筆箒を握った。僅かにエフィルの攻撃の手が緩む。それと同時に、虹色の光が黒い光を打ち消し始めた。

 今がチャンスだ。一人じゃない。全てをあの子にぶつけるんだ。あの可愛そうな魔物の子供に…………。あの子に……。

 虹色の光はエフィルに命中し、強烈な衝撃波を放つ。レオナも風圧に押され、帽子を押さえる。エフィルは床に叩き付けられ、ピクリとも動かない。レオナはエフィルの元へ駆け寄る。すると、エフィルは不敵に笑って、むくりと起き上がった。


「ハハハハ、こんなもので僕が倒せると思ったのかい? これだから人間は馬鹿だね」


エフィルは膝を突き、威嚇するようにレオナに向かって黒い球体を構える。それでもレオナは手負いのエフィルの元へ歩み寄った。エフィルは黒い球体を放つ。レオナは何故か盾も作らず、球体を真正面から受け止める。激しい痛みが、レオナを意識ごと切り裂いていく。しかし、レオナは足を止めなかった。爆風に押されながらも、レオナはエフィルの元へ向かう。


「やせ我慢も大概にしなよ。本当は体中が痛くてたまらないんでしょ?」


「……」


エフィルはさらに大量の光弾を放つ。光弾はレオナの体を切り刻む。それでもレオナは歩き続ける。目の前にいる子供を救うため、レオナは一歩一歩を踏みしめた。


「どうして……?どうして歩くのを止めないの?」


「……」


エフィルの顔に戸惑いの色が現れ、攻撃の手を止める。今まで表情の変化に乏しかったエフィルの顔が、初めて曇り初めた。レオナの何が、レオナ自身を突き動かしているのかは、誰にも分からなかった。もちろんレオナにも。ボロボロになった体を引きずりながら、レオナは歩くのだった。


「止めて!来ないで!」


エフィルは悲痛な叫びを上げ、鎌のような尻尾をレオナに突き刺す。レオナは血を吐き、ぐったりと腕を降ろした。エフィルはレオナの動きが止まったことに、安堵と同時に自分のしてしまったことに恐れを抱く。肉を切る尻尾の感覚。慣れているはずなのに、嫌に耳に張り付く。その時、レオナはゆっくりと、力ない足取りだが確かな歩を進めた。エフィルは怯え、尻尾をレオナから引き抜く。理解できない。エフィルには何故レオナが諦めないのか理解できなかった。ただ、言われもない恐怖が、エフィルに降りかかる。


「あっちへ行け! 僕は独りでいいんだ!」


エフィルは涙声になって光弾を放つ。しかし、光弾はレオナから僅かに逸れて、横を通り抜けていく。レオナはゆっくりとエフィルの肩に手をかけ、優しく抱きしめる。すると、筆箒が輝き、エフィルの傷を治す。温かい光が、レオナとエフィルを包んだ。


「……何で僕の傷を治しちゃうの? 僕はこの世界の人をみんな魔物にした魔王だよ」


エフィルはレオナを突き放すように言う。しかし、レオナは首を横に振る。エフィルは魔王などではない。魔王なんていなかったのだ。レオナの様子を見て、エフィルはもどかしい気持ちになる。過去にも同じ感情を抱いたことがあった。しかし、あまりにも年月が経ちすぎて、エフィルはその感情をどう表現すればいいのか、忘れていた。エフィルはただ、俯くだけだ。


「君は嫌いだよ。人間は嫌いだ。……みんな嫌いだ……」


涙声でか細くエフィルは呟く。それでもレオナは首を横に振る。エフィルは顔を上げ、あなたを見た。レオナは何も言わず、笑顔のままエフィルを見ていた。


「どうして…………。どうして君は、僕に優しくするの? 僕は君を殺そうとしたんだよ?」


エフィルは長年出なかった涙を零す。今まで出なかった分、感情の爆発と共にどっと溢れ、涙は止まらなかった。レオナはそっとエフィルの頭を撫でる。エフィルの声はかつて聞いたことがないほど悲しく、寂しさにあふれていた。レオナはにっこりと笑う。


「助けたいんだ、君を」


レオナの返答に、エフィルの涙は止まる。しかし、レオナの顔を見て、涙目になって笑った。どうしようもなくお人好しで意志が固い、レオナらしい答えだ。


「でも、君もいつか僕から離れちゃうんでしょ? この世界でたった一人の魔物の僕から……」


エフィルは自信なさげに呟く。しかし、レオナは即座に首を横に振り、エフィルに手をさしのべた。


「そんな事はない。ずっと一緒だよ」


それは、エフィルが遙か昔、一番の親友にさしのべられた手と同じ手であった。敵意も殺意も感じられない。ただそこには、助けたいという想いが込められていた。エフィルはおずおずと、レオナの手の上に自分の手をのせる。エフィルの手は冷たかったが、そこには僅かだが、温かい嬉しさが感じられた。


「……君は、あの子に似ている。だけど、あの子にはなかったものを、君は持っているみたいだね」


エフィルの顔には穏やかな笑顔が浮かぶ。まるで長い間、そんな表情をしたことがなかったかのように引きつっていたが、確かに笑っていた。レオナも傷だらけの顔を拭い、笑い返す。


「エフィル!」 


アダムスが息を切らして部屋に入ってくる。二人の姿を見るなり、アダムスは二人を抱き上げた。


「……よかった。二人とも無事だったんだね」


アダムスは心配そうな顔をして、二人を見る。崩れ落ちた天井、散乱したおもちゃ。部屋は壊れているが、二人の無事な姿を見て、アダムスは安堵した。


「レオナ、大丈夫か!?」


「坊ちゃん、アダムス様!!」


ユージーン……いや、グリフが部屋に駆け込んで来る。後に続き、フランシスが入ってきた。二人とも服や鎧はすすけており、顔もだいぶやつれている。レオナはグリフが生きていたことに胸がいっぱいになり、涙を流す。グリフはそんなレオナの頭を、いたわるように撫でる。 


「全く、なんて情けない顔をしているんだ。俺がそう簡単に死ぬと思っていたのか?」


「だって、グリフさんが死んじゃったら…………僕……」


涙で顔をくしゃくしゃにするレオナを見て、グリフは屈託のない笑顔を浮かべる。それを見て、フランシスも口元を緩めた。


「アダムス、フランシス。今まで僕を守ってくれてありがとう。でも、もうこんな事は止めにするよ」


エフィルは胸に手を当て、ゆっくりと頷く。アダムスは不思議そうな顔をしてエフィルを見る。


「僕は、人の悪意から生まれた魔物。この世でたった一人の魔物だったんだ。それがたまらなく嫌だった。だから、人々を魔物に変えて、自分と同じ仲間を増やそうとしたんだ」


エフィルは自分の手を見る。人間のものよりもずっと白い、死人のような手。触れる物を傷つけてしまうほど長い爪。否が応でも、自分がヒトとはかけ離れていることを思い知らされる。


「でも、そんなことをしなくても分かり合えるって、君に教えてもらったんだ」


エフィルはそう言い、レオナを見る。レオナは少し照れくさくなり、涙を拭う。


 エフィルは立ち上がり、空を見上げる。空は果てしない黒雲に包まれたままだ。エフィルはゆっくりと息を吸い、両手を空に掲げる。


「僕は、自分のしたことに終止符を打つ。例え僕自身の魔力が尽きても、僕はみんなをあるべき姿に戻さなくちゃいけないんだ」


エフィルは一心に祈り始める。すると、まばゆい光がほとばしり、辺り一面が輝く。レオナ達は息を呑んでその様子を見ていた。エフィルは苦しげな顔をするが、両手を下げようとしない。呼吸が乱れ、エフィルの体はわなわなと震える。まるでこのままだと、エフィルは光の中に消えてしまいそうだ。霞んでくるエフィルの視界。霧がかったエフィルの意識に、誰かが呼びかける。レオナだ。レオナも筆箒を天に突き上げ、祈る。エフィルは驚き、レオナを見ていた。


「何をしているの? 君がそんなことをしたら、君は魔力を大量に消費して、二度と魔法が使えなくなっちゃうよ」


「君を一人にする訳にはいかないよ。それに、魔法が無くたって、僕達は生きていける」


エフィルはレオナを止めようとするが、レオナはその場から動かない。目を閉じ、レオナは祈り続ける。


「やめろ! よせ! 魔力の消費で死ぬぞ!」


グリフの静止を振り切り、レオナは筆箒を握り続ける。確かに、一人の力では全ての人々を元に戻すことは出来ない。それに、魔力を失って、レオナは“魔法使いの弟子”ではなくなってしまう。しかし、二人なら出来るかもしれない。レオナはそう信じ、筆箒に思いを乗せた。師匠がかつてやっていたように。レオナはここまで来た。魔物になった人々を元に戻すため、エフィルを助けるために。エフィルはレオナの揺るぎない決意に頷き、祈り続ける。虹色の光と白い光がどんどん大きくなり、魔力が渦巻く。それと同時に、筆箒にはヒビが入り始める。魔力の消費で、筆箒は耐えきれず悲鳴を上げた。そしてついに、筆箒は音を立てて粉々に砕け散る。役目を終えたように、筆箒は光の中に消えていく。レオナは怯むことなく、筆箒の代わりに両手を掲げる。両手から虹色の光が放たれ、空へと昇っていく。筆箒が壊れても、レオナの想いが潰えたわけではない。二人の光は暗雲を打ち払い、空全体へと広がる。虹色の光は海にも、森にも、村にも町にも山にも、絶えることなく降り注いでいった。これがレオナの最後の魔法だ。レオナはゆっくり目を閉じる。

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