Audition~最後まで生き残れ~

和泉歌夜(いづみかや)

第1話 二人一組で教室から脱出してください

【ただ今より、オーディションを開始します。二人一組で今いる場所から脱出してください。10分以内に出ないと頭に付けているマスクが爆発します】


 何が起きているのか分からなかった。気づいたら、電子黒板に赤い数字でカウントダウンが表示されていた。


 残り『9分50秒』。何かしなくては。


 しかし、自分がほとんど動けない状態だという事に気づいた。両脚は木目調の硬い椅子の脚に枷みたいなものでしっかり固定されていた。胴体も椅子の背もたれと共に枷で拘束されていた。


 右腕は動けるが、もう片方の手首には緑色の手錠が掛けられていた。そして、私は自分以外に人がいる事に気づいた。


 奇妙な子だった。同じ制服を着ているから高校生だと思う。その子も私同様に拘束されていたが、頭に卵の形をした青色のマスクを付けていた。


 いや、ちょっと待って。妙に息苦しいのはなぜ?


 まさか、まさかとは思うけど。私も……。


 不安に駆られる中、卵のマスクを付けた子が目を覚ました。


「え? あれ? なにこれ?!」


 当然予想外の事態にパニックになっていた。そして、私を見るなり「たまご?!」と声を張り上げた。あぁ、私も彼女と同じ卵のマスクを付けているんだな。


「あの、えっと……とりあえず、深呼吸しよう」


 とりあえず、今は落ち着く事が最優先だった。隣の子も「うん」と頷いて深呼吸した。


 私は数回吐いた後、再び電子黒板を見た。


 タイマーは『8分』を切ろうとしていた。


 何か策はないかと考えていると、隣の子が話しかけてきた。


「ねぇ、これって……オーディションなの? それともドッキリ?」

「あー……」


 私はすぐに返事できなかった。もしかしたら一般人を対象にしたドッキリかもしれない。タイマーがゼロになっても、頭が爆発するなんて事はなくて、ドアからテレビ番組のクルーがやってきて、『大成功』と書かれたプラカードを持ってきて解放されるんだ。


 しかし、その希望はどこからともなく響き渡る悲鳴と破裂音により打ち消されてしまった。


 私と彼女の間に緊張感がはしった。


「ね、ねぇ? 今のは何?」

「分かんない。たぶん悲鳴だと思う」

「どうして? ドッキリなんでしょ? もしかして演出?」


 彼女は今にも泣きそうだった。私も取り乱したいが、この異常な状態で二人とも発狂するのは非常マズい。あと『7分』しかない。


「泣いている暇はないよ。あと、七分で脱出しないと……」

「脱出できないとどうなるの?! まさか死んじゃうの?! やだやだ! まだ死にたくない!」


 隣の子は必死に枷や手錠を外そうと半狂乱に暴れていた。私は必死に呼びかけた。


「落ち着いて! それこそ相手の思うつぼだよ! 何もしなかったらそれこそ終わり! でも、私達二人で協力すれば脱出できるかもしれない。違わない?」

「……うん」


 私が穏やかに話したおかげか、彼女はようやく落ち着きを取り戻した。あと『6分』しかないけど、互いの事を知ろう。


「私、│夢野玉子ゆめのたまこ。あなたは?」

「……│新井玲美あらいたまみ

「たまみ?」


 私は一瞬その名前に聞き覚えがあったが、緊急事態なので後回しにする事にした。あと『5分40秒』だ。


「えっと、たまみちゃん。片腕動かせる?」

「うん。たまこちゃんは?」

「私も右腕が動かせる。これで何か鍵みたいなのがあるか、探そう」

「うん」


 たまみはようやく冷静に行動できるようになったみたいだ。私は右腕を限界まで動かした。


 私とたまみの正面には電子黒板と教壇が見える。本来目の前にあるはずの机は横にずらされていた。稼働できる右腕の範囲で机の中に指先だけ突っ込んでみる。すると、何か引っかかった。


 慎重に持って来ると、ハサミだった。しかし、普通のハサミとは様子が違って持ち手と刃がたくましそうだった。試しに手に持とうとすると違和感があった。私はすぐに右利きではなく左利きのハサミだという事に気づいた。


「な、なにこれ?!」


 すると、たまみの方から声が聞こえてきた。見てみると、赤と緑の線が出ていた。私の頭の中では刑事ドラマでよくみる爆弾解除のシーンが浮かんだ。


「たまみちゃん! これで切って!」


 私が左利き用のハサミを持ち手に向けて渡すと、たまみも理解したのか、左手で受け取って穴を指に入れた。予想通り、左利き用だった。


 たまみは刃を広げて銅線に近づくが、手を止めて私の方を向いた。


「え? でも、二本あるよ? どっち切ればいいの?」


 あ、そうだった。何のヒントもなしに切るのは危険過ぎる。


「何かヒントがないか探そう」

「うん」


 私とたまみは限りある視界で手掛かりを探した。ふとタイマーが目に入った。残り『三分』なのは分かったが、文字が赤色な事に気づいた。


「たまこちゃん! 赤文字!」


 たまみも気づいたのだろう。今までで一番声を張り上げていた。

 

 爆発までのカウントダウンを表すタイマーが『赤い数字』なのだから、赤の線を切ればいい──いや、安直すぎるか?


「ねぇ、切ってもいい?」


 たまみは一刻も早く脱出したいからか、赤の線にハサミをギリギまで近づけていた。私は頷こうとした。もう『二分』を切ってしまっている。拘束が解けて教室から逃げる時間を考えると、切らないといけない。


 だが、この不安は何だろう。このまま赤を切るとよくないような気がする。


「たまこちゃん!」


 たまみの怒声に私は思考から抜け出した。ふと手錠の緑とたまみの青色の卵マスクが気になった。


──二人一組で今いる場所から脱出してください。10分以内に出ないと……。


 フラッシュバックのように校内放送の声が頭の中に響き渡った瞬間、脳みそがハムスターみたいに回転していき、ある考えが浮かんだ。


「ねぇ、私の卵のマスクの色は何色?」

「え?」

「いいから! 答えて!」

「えーと……黄色」


 たまみがそう答えた瞬間、答えは出た。だけど、残り五十秒。時間がない。


「緑! 緑を切って!」

「ほんとに?!」

「大丈夫! 私を信じて!」


 強気でそう言うと、たまみは「……分かった」と言って緑の線を切った。


 プチンと切れた音が出た瞬間、両脚や胴体を拘束していた枷が外れた。


「立って!」

「うんっ!」


 私とたまみはすぐに立ち上がった。手錠は解除できなかったが、外さなくても動けそうだった。気づくとタイマーは『5、4、3……』とラストのカウントダウンをしていた。


 猛ダッシュで教室のドアに向かって駆けていき、ダイブするように廊下に飛んだ。


【ゼロ!】


 終わりの合図の声が響いたと同時に私は硬い床の上に腹を強打した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Audition~最後まで生き残れ~ 和泉歌夜(いづみかや) @mayonakanouta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ