第5話 サウダージに灯がともる日

 早朝、ご飯の支度を始める。メニューはご飯、納豆、鮭、昨日の余りの味噌汁だ。ぬか漬けもほしいところだな。色々買わないといけないものはあるが、自分の金ではないので自由が効かないのが痛いところだった。


 今日はお店の現状把握をしていこう。


「おはよー、湊くん朝ご飯ありがとうね~」


 寝ぼけ眼で澪さんがやってきた。緩めのパジャマ姿は正直目の毒だが、ここは彼女の家だ。あまりあれこれ言いたくはなかった。


「澪さん、今日はお店の大掃除しますね。少し店内の照明とかも見直しても良いっすか?」


「いいよ~。お客さん全然来ないからね。何か変えていかないと駄目だとは思ってるの。気がついたことあったらどんどんやっていこう。予算はあるから必要だったら言ってね」


「すみません。じゃあ、あとで必要なものを書き出しますね」


 まずはお店の外観だ。切れた看板の照明をまずは直そう。これがないと始まらないな。

 次にお店の照明。調光ライトだけど、とにかく暗すぎる。切れてるところもいくつかあるのでLEDに入れ替えよう。


 最近のオシャレな喫茶店って、表に黒板ボードを出して、手書きのメニューで惹きつける店が多い。メニューの見直しが終わったらその辺もやっていこう。


 店内も清潔感を出すために、床をしっかり磨いて、テーブルのベタつきなんかもチェックしないとな。……やるべきことが多すぎる。窓のステンドグラスは琥珀色のレトロ調だと思ったらタバコのヤニだ……。しっかり磨いたら表の光が以前より入ってきた。これは重労働だ……。


「お疲れ様、湊くん、コーヒ淹れたよ。休憩しよう」


 気がついたら辺りにコーヒーのいい香りが立ち込めていた。なんとも癒やされるなあ。彼女に感謝を述べつつ一口すする。熱く体に染み入る苦みが心地よかった。


「――それにしても澪さんの淹れるコーヒーって美味しいっすよね。何か秘密でもあったりするんすか?」


「うん、お祖父ちゃんに教わったんだよね。とにかくコーヒーと紅茶を淹れるのが上手くなけりゃ喫茶店は継げないって。まあ、その他が壊滅的で結局お客さん離れちゃったんだけどね」


 自嘲気味に笑っている澪さん。しかし、お店の外観が大きく足を引っ張っていたのは事実だと思う。看板の照明切れてたらお客さんも入りづらいだろう。さらに言えば当時はお洒落であっただろう窓のステンドグラス調も、今の時代じゃ暗すぎて受け入れられないかな。今風を取るか、レトロ感を活かすか悩ましいな。

 顧客がゼロの今、ターゲットをどこに絞るかも課題だろう。


 ある程度買い物のリストを作成したので、澪さんに予算を申請しよう。


「澪さんすみません。今お店に必要なものをざっと上げてみました。これでよかったら経費をください」


「どれどれ~。うん、良いんじゃないかな!じゃあちょっとまってね」


 おサイフを取りに部屋に向かった澪さん。戻ってきたときには澪さんには似つかわしくない渋い財布を持っていた。


「この財布あげるから使ってね。中に10万入ってるから。店の分で使ったのは領収書を貰っておいてね」


「すみませんめっちゃ助かります。でも良いんすか? その……持ち逃げとか怖くない?」


 俺の言葉に、可笑しそうにけらけら笑う澪さん。


「まあ、その時は仕方ないって諦めるよ。人を見る目がなかったんだなって。でも、湊くんは大丈夫。そもそも10万じゃ何日も暮らせないでしょ?」


「そうっすね。俺も住民票移動したりしてるし、遺失物の連絡先もここだし、逃げようないっすね」


 俺も笑ってしまった。澪さんとはもうすでに、運命共同体なように思えた。


「そうだよ湊くん。君はもう私に取り込まれてるの。なんてね! お店にかかるお金はまだまだ必要だろうからね。その辺は蓄えがあるから大丈夫」


「でも、そんなのに頼ってたら、すぐに尽きちゃいますね。一刻も早くお店の売上を安定させましょう!」


「色々変えていかないとね。二人分の生活費を賄うためには、どれだけ売上必要かな~」


「この店って賃貸じゃあ無さそうっすよね。持ち家?」


 さすがにこの閑古鳥状態では、家賃だけで干からびてしまう。


「そうだよ~。賃貸だったらとっくにお店畳んでるよ!」


「なら売上は、最初は目標月50万ぐらいを目指しましょう。そこから出来れば100万超えたらバイトも雇えて十分やっていけるレベルになるでしょう」


 澪さんは感心した様子で目を輝かせた。


「すごいね湊くん! なんか経営コンサルみたいだね! 目標できると頑張ろうって気がする」


「いや、そんな緻密な計算じゃないっす。ざっくりっすよ。ちなみに今日のお客さんは?」


「1人。コーヒー1杯飲んで売上500円」


「おおう……。とにかく看板の照明を真っ先に直さないと! じゃあ行ってきます!」


 お店が開店して数時間が経過している。常連さんもほぼ皆無か……。大変だこりゃ。


 家電量販店で必要な照明類を購入してきた。看板の蛍光灯を入れ替えてスイッチオン!

 ぱっと明るく照明が灯された。よかった……断線とかだったら面倒なところだったけど、これで店が開店中ということをアピール出来る。


 店内の照明も雰囲気を壊さない程度に明るめに変えてみた。前は本が読めないレベルだったからな。


「すごーい! なんか明るすぎて、私のダメさが際立っちゃうね……」


「だったら澪さんも磨きましょう。来週の水曜日に美容室予約しましょうね」


「えー……。美容室なんて陽の気で溶かされちゃう……」


「だめっす。俺も一緒に行くから頑張りましょ!」


 しぶしぶ頷く澪さん。俺が何度かお願いした事があるカリスマ美容師さんにお願いしよう。とびっきり素敵になってもらって集客力アップだ!


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