第6話 メニューを見直そう

 看板と店内の照明を変えてから数日が過ぎた。お店の看板の照明が灯ったことによる集客効果は予想以上だった。少なくとも一日の来客ゼロってことは、もうなさそうだ。


 あのコーヒーの美味さで集客ゼロって、やっぱおかしかったんだよな。結局、店の入りやすさって、それだけ大事なんだなって思う。


「湊くんすごいね! コーヒーおかわりするお客さんまでいたよ! 長居したくなる店になったのかな~」


「本が読める程度には明るくなったのも良かったかも。ステンドグラスも琥珀色のレトロ調だと思ったらヤニだらけなだけだったし」


「あはは……面目ない……。以前はタバコ吸えてた店だったからね~。お店の清潔感って大事だよね」


「当たり前っす。飲食店なんだから。今日も朝から掃除を頑張りましょう」


「はーい」


 今日はお店のメニューについて見直そうと思っていた。


 軽食のレパートリーがあまりに貧弱過ぎる。冷食のナポリタンは酷すぎるだろう。そうおもって澪さんに料理をさせてみたら、これがホントもう洒落にならないぐらいのメシマズ様だった。


「なんかね~、イメージはあるんだ。ナポリタンだって、絶対豆板醤入れたほうが辛味が増して良い感じになる気がするんだけどね」


「素人が料理の足し算しちゃだめっす。澪さんは料理人の端くれにも入れてないっす。良いところがゼロっす」


 ぶーっと頬をふくらませる澪さん。そんな仕草は可愛いけど、しっかり言っておかないとな。また俺が可哀想な目に遭う。


「もう、湊くんはっきり言い過ぎ! 可愛くないよ!」


 やれやれだ。可愛くなくて結構ですよー。


 お客さんを実験台にするわけにも行かない。今の客層はお年寄りが多めだ。下手なものを出してショックで召されてしまっては大変だ。

 冗談ではなく、そういうレベルのものを作り上げる。あれは食べ物ではない、別のナニカだ。


 ……。

 ここに住み始めてからずっと店の前の通行人をチェックしている。

 そして、いくつか気付いたことがあった。


 まずこの店は、裏路地のわりに歩行者が思った以上に多かった。特に昼はワーカー達が目に留まる。加えて、放課後の時間帯には学生の姿もちらほら見える。

 案外、思った以上に好立地なんじゃないか?


 午前中はお年寄りメインの客層に、夕方あたりまでを学生たちをターゲットにできれば安定収入には繋がるだろう。


 となれば、落ち着いた店内の雰囲気はキープしておくべきか。エモさと入りやすさの共存はなかなか難しいが、店の特徴は残すべきだろう。


 学生が気軽に飲める価格帯のものを、タイムサービス的に提供するのもありかな。その時間帯だけ黒板を出すとか。


 そのためにも、まずはメニューの改定が急務だな。


「澪さん、飲み物のメニューの見直しをしましょう。コーヒーと紅茶の銘柄を厳選、あとは学生向けの新メニューを考えましょう」


「いいね! じゃあ在庫を見てくるね!」


 澪さんと相談した結果、コーヒーの種類が厳選できた。

 ブルーマウンテン・モカ・キリマンジャロ・マンデリン。

 あとは本日の気まぐれブレンドとして、在庫に残ってる銘柄を使っていこう。


 紅茶はダージリン・アールグレイ・ディンブラ・アッサム・セイロン。あとは季節のフレーバーティーという形で同じように提供しよう。


 軽食はホットサンド・ナポリタン・フレンチトースト・カレーライス。この辺りなら俺の調理で短時間に提供できそうだ。特にカレーには秘策もある。常連が出来れば勝ち確定だ。後は澪さんが同じように作れたら良いが……。足し算は厳禁にしよう。


 スイーツは自家製アイスと、映えを意識したグラデーション入りのクリームソーダ。


 まずはこのぐらいを出してみるか。俺も手探りだからな。どれも自分の中では自信のあるメニューだけど、プロとして満足できるものが提供できるんだろうか。

 いや、やらないといけないんだ。頑張ってみよう。


 スイーツ系も、もっと充実させたいが、いきなり何でも手を出すことは難しい。どの店だって、研究を重ねた結果を提供しているんだ。迂闊なものを出して評判下げたら目も当てられない。

 焦らずこつこつ始めよう。


 とりあえず、澪さんにメニューと原価を考慮した価格設定を確認してもらおう。今までの価格も見直さないとな。

 元々は高級路線だったのか、値段に割安感がなかったのが救われる。せっかく戻ってきたお客さんを値上げで手放すのは痛手が大きい。

 昨今の物価高も考慮しないといけないのはやっぱり辛いな。


「うーん、控えめに言って完璧! 湊くんすごいね~。色々考えてくれたんだね! じゃあメニュー表を作ってみるね。そういうの得意だから任せて!」


 澪さんの得意を期待していいのかは正直微妙だった。とても優しくて、魅力的なところも多いが、同じぐらい欠点も多い人だった。


 ずぼら、メシマズ、生活力皆無、楽天家、危機管理能力ゼロ、俺に信頼置きすぎ問題。こんな人、放って置けるはずがない。


 お店の運営が軌道に乗って、俺に就職先が見つかったら速やかに引っ越そうと思っていた。

 しかしそれは1~2週間程度ってわけにはいかなそうだった。

 下手したら数ヶ月、いや、年単位の話になるのかな……。

 でも、乗りかかった船が沈没するのを見るのだけは絶対嫌だ。


 あの日の恩を俺は決して忘れない。この店を人気店にすること以外に報いるすべは無いと思った。





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