第六章 晄が目を覚ます夜

綾斗の腕の中で、夜凪は微かに震えていた。

ここしばらく、彼女は時折

「誰でもない誰か」のようになっていた。

優しいのに、冷たい。穏やかなのに、遠い。

それでも綾斗は、夜凪を抱きしめ続けてきた。



だけど、夜凪の中ではもう限界に近づいていた。





夜。

布団に包まれたまま、

目を閉じて眠ろうとしても、

頭の奥に声が響く。

兄の声。



《お前のせいだ》

《壊したのは、お前だ》




そのたびに、胸の中が焼けるように熱くなる。



「……もう、やめて……」



涙がこぼれた。

けれどその瞬間、意識がふっと沈んでいった。




暗闇の底。

静かな水面の向こう側に、誰かがいた。



「やっと、呼んでくれたな」



その声は、低く、甘かった。

子供のように無邪気で、

だけどどこか痛みに満ちていた。



「俺が代わってあげるよ、夜凪。

苦しいだろ? 怖いだろ?

……俺が背負ってあげる。

全部、俺が痛みを引き受けるから」




夜凪はもう、抵抗できなかった。

暗闇の奥から、晄が静かに目を開ける。



「守るからさ……俺が。

代わりに全部、壊してやるから」



晄が目を覚ました夜——

まだ誰も、表ではそれに気づいていなかった。






でも、それはすでに終わりの始まりだった。

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