【リライト②】夜の果て 日向風様


【作品タイトル】夜の果て

【作品アドレス】https://kakuyomu.jp/works/16818622176291132921/episodes/16818622176291490159

【作者】日向風


【作者コメント】企画用に以前の没ネタを書き直してみました。ぜひご自由にリライトお願いします。もう何なら全部変えてもらってもいいです。


【リライト者コメント】

 リライト二回目は日向風さんの作品、夜の果て。テーマも自分好みで、雰囲気のとても良い作品だと思います。前回はあまりリライトとまでいかなかったので、今回はもう少し頑張ってリライトしたいと思います。結末は同じ方が好きですが、少し違った結末にしました。



 ==▼以下、リライト本文。============




『夜の果て』



 ――夜は人々の欲望と後悔、罪と罰を荷馬車に乗せて走らせていた。闇夜に彷徨さまよう姿なき死者たちは街のどこかにいるのだ。それに会わないように、間違ってその影を踏まないように、人々は気を配り生きてる。



 この街には、決して足を踏み入れてはならないバーがある。




 その店はネオンもなく、闇の奥にぽつんと赤い灯がともるだけ。赤い灯が照らすのは、『ルインズ』という名の看板。英語で『RUINS 』だ。その名の通り、朽ちた遺跡のような店だ。


 誰が店主なのか、誰が客なのかさえ定かではない。ただひとつ確かなのは、そこへ迷い込んだ者は——決して戻ってこない、という噂だ。


(ねぇパパ。本当に死神はいるの?)

(あぁいるさ。ばー、ほらパパが死神だぞー)

(きゃー!パパ怖ーい)


「この世に絶望したやつだけが行く場所さ」

 絶望とはまさしく望みがひとつもなくなることだ。



 マイクは「ただのおとぎ話だがね」と、肩をすくめて笑った。あれが最後だった。

 おとぎと言うのだから、現実にはあってはいけないのだ。



 マイクは煙のように忽然と姿を消した。



 それでも。

 探さないわけにはいかなかった。


 相棒だからな。






 聞き込みは空振りだった。


 手がかりもなく、俺は途方に暮れた。




 路地の奥に、ふと目が止まった。


 廃屋ばかりのはずだったが——。




 朽ちかけたような店。


 仄かに赤く照らされた看板には『ルインズ』と書かれていた。


 マイクの話が脳裏をよぎる。




 もしや、マイクはここに——。きっとそうだろう。




 重いドアを押し開けると、薄暗いカウンターが現れた。


 バーテンダーは無口な男で、灰色のスーツを着ていた。


 顔は、色を失った古い写真のようだった。


 初めて来るのに、不思議ともう何度も来たことがある気がする。



「バーボンを」



 バーテンダーは黙ったままグラスに琥珀色の酒を注いだ。古代遺跡のような内装に琥珀色が似合っている。どこのバーにもあるように店内の照明はおとされ暗目だ。


 おとぎだからこそ、おとぎの国にしかないのだろう。存在しないのにしている。矛盾しているはずなのに違和感がない。


 

 カウンターには他にも客がいた。


 だが、奇妙だった。




 皆が一様に静かで、グラスを持つ手がわずかに震えている。


 生きているのかも定かではない。


 まるで——終わることを望んだ者たちの集まりのようだった。




 ——ようこそ。




 バーテンダーがそう言って、静かにグラスを置いた。




 奥のテーブルに、下を向いてじっとグラスを持っている客が目についた。




「……おい、マイク」




 声をかけると、体が揺れた。

 気づいたかどうかわからない。マイクは下を向いたままだった。




「よう、相棒テッド。こんなところで会うとはな……いや、遅かったな、というべきか」

 気づいてるじゃないかとテッドは驚いた。



 俺はマイクの隣の席に腰を下ろした。




「俺は、あの日の記憶を消して欲しかった。妻の……」




 マイクは顔を上げることもなく低い声で呟いた。

 あの日の記憶...。あのことか。



「ああ、奥さんか……。痛ましい事件だったな。家で強盗に鉢合わせして撃たれちまうなんてな……」




「撃ったのは——俺だ」




 俺は息を呑んだ。




「……なにを言ってる」




「あいつは男を連れ込んでやがった。あの日も。だから、男が立ち去ったあとに俺はあいつと話そうと思ったんだ。だが——」




 マイクは俯いたまま肩を震わせた。




「気付いたら撃っちまってた。それからは必死さ。強盗の仕業にみせかけるためにな」

 偽装工作、刑事がすることじゃない。



 グラスを握った手が揺れている。




「ずっと……罪に怯えてた。だけど、ここに来て分かったんだよ。俺は——何にも間違っちゃいなかったってね」


「それは間違いだ。でも誰にでも間違いはある。まだ希望はある。帰ろうテッド」



 マイクが顔を上げた。


 目が虚ろだ。


 眼孔にまるで生気がない。



 その瞬間、背筋が凍った。




「お前も、同じだろ?」




「何?」




「五年前、お前が捕まえた犯人がムショで自殺しちまったんだろ? 無実を訴えてたらしいじゃねぇか」




 血の気が引いた。


 あれは冤罪だった。俺はそう確信していたが何も動かなかった。




 ただ、思い出すたびに酒を煽った。だがそれではいけないとも思った。それが刑事の仕事でもあるんだ。


「それは、そうだが。冤罪を晴らせなかったのは悔しいが、誰にだって間違いはあるんだ。マイク、一緒に帰ろう」


「ここはな。そんな罪を背負った連中が集まる場所。代償さえ支払えば、もう天国さ。」

 代償とはなんだ...。何のことだ。酒の中に何が入っている?否、出されるのは普通の酒か。本当に現実離れした場所だ。


「そんなことを言うな。ここを出て一緒に帰ろう。本当に探すのに苦労したんだぞ。俺はまだ残りの僅かな希望に賭ける。なぁ、そうしようマイク。また俺の相棒をしてくれ」



 周りの客が一斉に俺を見た。


 マイクだけじゃない。


 全員が、同じように虚空を見ていた。






「帰る必要はない、相棒。おまえもここで」


「それは言うな、マイク。まだ遅くない」


「妻のいない毎日など、いらないんだよ、テッド。それくらいわかるだろ?俺がどれだけ罪の意識に苦しんだか」


「あぁわかるさ。でもな女なんていくらでもいるだろ。終わりにするには早い。また奥さんのジュディの変わりを探せば良い。」


「もう、もう良いんだよ。変わりなんていないんだ」

 マイクの言葉を打ち消すようにテッドが言った。


 そのとき、バーテンダーが静かに言った。




「お客様、そろそろお時間ですので...」


「待て、まだ店を閉めるな。まだ八時だぞ。閉店には早い。こいつに、こいつにサンドイッチを出してやってくれないか。腹が減ってるんだマイクは。なぁそうだろうマイク」

 テッドは相棒をなくしたくないと思い、バーテンダーにサンドイッチを注文した。


「テッド悪いがそんなものはいらない。もうこれしか喉を通らないんだよ」

 マイクはそう言うとグラスの酒を一気に煽った。


「もう閉店です。用がないならお帰りください」


 テッドは追い出される形になった。外から見ると店を照らしていた赤い灯は消えていた。




 ——闇の中から、無数の手が伸びてきた。マイクはその中から見覚えのある手を見つけた。ジュディの手だ。繊細な指は変わってないようだ。マイクは迷うことなくその手を希望を求めるように掴んだ。そして、その手に引かれて、闇の中へと消えた。


『ねぇ、パパ。本当に死神はいるの?』

「あぁやっぱりパパも死神だ。相棒を救えなかったから」




 ◆




 数日後、テッドは相棒の妻のジュディのある墓を訪れていた。よく見ると隣にマイクと書かれた墓もある。いつ誰が建てたのか不明だ。聞き込みでは誰も口にしていなかった。おかしな話だ。みんな嘘をついて本当のことを言わなかったのだろうか。


 ――もう本当に遅かったんだな。


 テッドは持ってきた花束をマイクの墓に添えた。周りの墓石にも幾つか花が添えられているのがわかる。


 ――おまえと相棒をやっていた十数年間、悪くなかった。

 ――本当は俺もおまえと一緒にルインズに残るはずだった。けどやめたんだ、もう少しこの汚れて腐りきった地上をみてみることにしたんだ。刑事として。それで良いだろう?マイク。またルインズに行くのはそれからでも遅くないよな。



 誰の胸にも、触れたくない過去がある。

 

 忘れたい罪がある。

 

『ルインズ』はその臭いを嗅ぎつける。




 生を終える“理由”を持った者だけが、招かれるのだ。




 今夜もまた、古代歴史ルインズの、灯がともる。




 (了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る