第29話

 闇金のボスの店。

 それは街の入り口から数本路地を入ったところにあった。

 川側からも陸側からも見にくい位置にある大きな建物。


「ここがボスの根城か……」


 私たちはその店を仰ぎ見る。周囲とは異彩を放つ照明を派手に光らせた建物。

 女性の横顔のシルエットの看板。中からはがやがやと話し声が聞こえる。

 私たちはそろって中に入る。

 入った途端鼻腔を突くお酒のにおい。

 それから奥に進むにつれ甘ったるい匂いがする。

 一階が酒場でその上は宿になっているようだ。

 若い女性が何人も店の中を給仕をしながら歩いている。

 彼女たちの服装は非常に露出が多く煽情的だ。


「ちょっと露出すごすぎない?」


 私は目に入れられず酒場部分を避けそのまま奥に進む。

 そこに筋骨隆々の女が現れた。


「どういった要件だ。女だけで。仕事をしたいのか?」


 どうやら困った客を追い出す警備員のようだ。

 がっちりとした体に動きやすそうなきりっとしたスーツ姿だ。


「ここの店主に話がある。通してくれ」

「借金の話か。ならいい通してやる」


 私たちは要件を伝える。一階奥に支配人の部屋があった。

 そこにノックをしてはいる。


「これはこれは可愛らしいお客だにゃ。うちで働きたいのかにゃ?」


 太っちょのネコ耳の獣人だった。でんと大きなソファーに座っていた。

 彼女は私たちを値踏みするような視線で眺める。


「本当に別嬪がそろってるにゃ。すぐに客が付きそうだにゃ」

「私たちは身売りに来たのではありません。金を返しに来ました」

「ほうほう、金を返すのは賢いにゃ。いくらだったかにゃ?」


 ニコラはもってきたカバンから一万ミャーレルを取り出した。

 その金額を見てボスネコは目を細める。


「一万にゃ。利子だけではまだ足りにゃいにゃあ」

「そうですね。もう三千で完済のはずですね?」

「そうだったかにゃ?」

「ならここに五千あるので完済ですね」


 ニコラは追加で金を払う。しめて一万五千。

 約束の金はこれで支払われたはずだ。

 金額としては一般人が一月に使う生活費だ。

 決して安くはない。


「けど、契約の期間を超えての返済にゃ。約束通りうちで働いてもらうにゃ」


 契約書をおもむろに取り出すとその記述を指し示す。

 内容は利子も含めて十日で返すというものだった。

 やっぱり嵌められていたようだ。


「そうですか。仕方ありません」


 ニコラは剣を抜く。ボスに切っ先を向ける。


「法外な利子に無茶な期日の条件。こんなこと許されるとお思いですか?」


 ニコラは怒っている。今すぐ斬りかかりそうだ。


「暴力はいけにゃいにゃ~」


 ボスネコは顔色一つ変えずに不敵に笑う。


「そろそろうちで仕事がしたくにゃったんじゃにゃいかにゃ?」


 そう訊ねてくる。突如ニコラが剣を手放して蹲る。

 彼女は床に手をやり苦しそうに喘いだ。

 気づくとキキメメの姉妹も苦しそうに床に蹲る。


「なにこれ、体が熱い」

「く、毒ですか……」


 ニコラとメメさんは辛そうに蹲る。

 その様子にボスネコは笑い声をあげる。


「毒なんて人聞きが悪いにゃ。ただの媚薬だにゃ」


 さっきから鼻につく甘ったるい匂い。これが媚薬か。

 私も体がふわふわとしてくる。頭が回らない。


「ふふふ。飛んで火にいる剣姫様にゃね。これはいい拾い物をしたにゃ」


 ボスネコはソファーに座ったまま笑い声をあげる。

 まずい掴まったら何をさせられるかわからない。


 私の体から力が抜ける。足がふらつく。体の自由がきかない。

 ふらふらとした足取りでボスネコの元に体が勝手に動き抱き着いた。


「もふもふ~」


 私の口からはそう呪文がこぼれる。

 突如私はボスネコの頭を撫で始めた。それにボスネコは悲鳴を上げる。


「にゃ、にゃにをするにゃ。ふわ、気持ちよくて力が抜けるにゃ」


 ボスネコは顔を蕩けさせる。続いて私は彼女のしっぽに飛びついた。


「なでなで~」


 私の口からはそう言葉が漏れる。

 ボスはもう動けない。口からは言葉にならない悲鳴を上げていた。

 私の手は滑らかな動きでしっぽを上から下までよどみなく撫でまわす。


 デブネコは嬌声をあげながら身をよじる。しかし私の手からは逃れられない。


「もう、やめてにゃ。息ができにゃいにゃ」


 なで続けること三十分。ボスネコは動かなくなった。

 こういうと勘違いされそうだが別に殺していない。

 彼女は腹を天井に向けて恍惚の表情で固まっていた。

 どういう理屈かすっかり痩せ綺麗なネコ獣人さんになっていた。


「ど、どうやら助かったみたいですね」


 ニコラは解毒薬で媚薬を抜いて、何とか動けるようになったようだ。

 キキとメメの姉妹も解毒できたようでふらふらしながらボスの様子を見ている。


「これ、どうするよ」


 ボスを倒したはいいけどなんか思ったのと違う結果になった。

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