第28話
もう無理。間に合わない。
そう思った。
樽は盛大に砕け散る。
私たちは地面に投げ出された。
地面を数回ゴロゴロと転がり森の木々を数本なぎ倒して止まった。
「し、死ぬかと思った」
寸前で結界魔法が間に合ったからいいものもう少しで全員地面のシミに変わるところだった。
「減速やっぱり難しいんですよね。失敗しちゃいました」
「苦手ってそういうことか」
樽大砲。魔法が使える人間限定の移動法だ。
地面激突の衝撃を防げなければあの世行きだった。
「だから言ったろ? 最高にいかれてやがるって」
「ああ、本当どうかしてる……」
キキはふらつきながらも起き上がった。
衝撃は逃せたものの何度も地面を転がったせいで目が回っている。
当然私は盛大に吐いた。これは仕方ないのだ。
「さてここからは歩きです。街道に戻れば街はすぐそこです」
「別の街はどんなんだろう?」
私たちはふらつきながら森を出る。数人の旅人が驚いた顔でこちらを見ていた。
「今時、樽渡りなんて命知らずな方法を……」
「誰だろうね。こんなところへ」
おばさま方が口々に話している。今の樽渡りっていうんだ。
やはり普通の方法では無いようだ。
視線が痛い。歩く方がまだましだったかもしれない。
とりあえず怪我もなく落ちれた。
はた目には完全に事故だから。間違っても着地とは言わない。
街の近くには川が流れていた。その川に沿って建物が並ぶ。
狭い土地に家々が立ち並ぶ綺麗な街だった。
「それで、お姉さんはどこにいるの?」
「街の診療所にいる筈だよ」
もう間もなく夕方だ。
その身を狙われているならと迎えに行くことになった。
はね橋を渡り街に入る。今までいた街に比べ道は狭く入り組んでいる。
キキは私たちを案内して幾重にも交わる路地をどんどん進む。
私じゃすぐに迷子になりそうだ。
「診療所はここだよ」
町の入り口から何本か中に入った路地にあるこじんまりとした建物。
白く塗られただけの質素なものだった。
「姉さん居るか?」
キキは勝手知ったるという雰囲気で入っていく。
医療施設にそんなふうに入っていいものなのだろうか。
疑問に思いつつ中に私たちも続く。建物と同じく室内は狭い雰囲気。
細い廊下にベッドを兼ねた長椅子が並べられている。
「ちょっと待ってね。キキ」
お姉さんは奥の部屋から顔を出すもののすぐに部屋に引っ込んでしまった。
まだ患者がいるようだ。
病気には魔法はあまり効かないらしいから怪我人だろう。
「ありがとうございました。メメさん」
そう言いながらおばあさんが診察室を出てくる。
それに続きお姉さんも廊下に姿を見せた。
「お大事にどうぞ」
お姉さん、メメさん。
彼女は朗らかに笑いこちらに気づくと表情を変えた。
「け、剣姫様⁉」
「お久しぶりですね」
「はい、あの節はご迷惑をおかけしまして……」
メメさんはぺこぺことお辞儀する。
なにこれ、全然別人なんだけど?
この前は全力で殺しに来るほどやばい人だったのに。
「なんか雰囲気が変わったね」
どうやらアンデッド化した影響で凶悪で邪悪になっていたようだ。
もとは優しいお姉さんだったらしいしこっちが本来の性格だと思いたい。
メメさんの胸元には魔石が光る。これが仕事のために買ったという魔石だろう。
「それが、買ったという魔石ですか?」
「はい、五千ミャーレルでした」
「目玉サイズでその金額ならまあ相場でしょうね……」
他に例えられるものがないけども目玉サイズとか言われると怖い。
見たところまだまだ使える状態ではあるようだ。中の火が強い。
彼女の魔法の腕は悪くないようだ。
火の掴み方が下手だと魔石の火が揺らぎ減りが早くなるらしい。
火はゆらゆらとしっかりと燃えている。
「全部でいくら借りたのです?」
「三千です。それがいつの間にか利子だけで一万までに……」
「それは法外ですね。わかりました話をつけましょう」
ニコラは少しお怒りの様子。
わざわざ隣町まで呼ばれたのだ不機嫌にもなるだろう。
「あのデブネコ。こっちが下手に出てれば調子に乗って……」
キキはそう罵る。猫の獣人か。どんな奴なんだろう。
「奴は姉さんを自分の店で働かせたいんだ」
「店というのはそういう?」
「ああ、そんなこと許せるわけない」
「なるほど。だいぶ裏に顔が効く相手のようですね」
ニコラは悩んでいる。
マフィアやギャングのようなものなのだろう。
力でわからせても後々手出しをされかねない。
方法を考えねばならない。
彼女たちの身の安全が第一だからだ。
「一番手っ取り早いのは皆殺しですけど根が深そうです。そう簡単にはいきません」
おおっと。ニコラさんの刺激的な発言。
相手は悪人だろうけど殺すとはなかなかに過激な考えだ。
まあ本気で人殺しをするとは思えない。あとが面倒だ。
これから夜になる。例の店に行ってみることになった。
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