第21話

 殺した。目の前の少女たちを見殺しにした。

 これでめでたく私も悪の仲間入りだ。

 リッチとゴーストの姉妹は魔石に封じられた。


「魔法の中には死者をよみがえらせるものがある。それを使えばまだお姉さんを元に戻せるかもしれない。そのための対価は人の命」


 そうキキに話した。自身の命と引き換えに姉を蘇らせるように誘導したのだ。

 もちろんそんな都合のいい魔法は存在しない。

 彼女は私の噓に引っかかったのだ。そして自らを殺しアンデッドになった。

 復讐相手のいないアンデッドはリッチになる。

 二人のリッチはまじりあい赤い魔石になったのだった。


「やりましたね。討伐成功です。しかもリッチの混合魔石が手に入るとは」


 混合魔石。今後トリッシュの魂を取り戻すのに必要になる魔石だ。

 ニコラは討伐と魔石に喜色を見せた。これで彼女の目的は次の段階に進む。


「こんなのでよかったの? この、人殺し」


 モディはそう私を罵る。わかっている。こんなんで終われないのは。

 私には彼女らを綺麗におくる方法がわからなかったのだ。

 だからこんなひどいことをした。

 モディの批難も甘んじて受け入れよう。


「じゃあ、ここからが本番。モディ、呪いを魔石に」


 私は拾い上げた魔石をモディに渡した


「ああ、なるほどそういうことね。でもうまくいくかなぁ。今迄成功したことないよ?」

「いいからやってみて。私に考えがある」

「まったく、人頼みなのもどうかと思うけど……」


 モディは私の目的を察したらしい。そう言って赤い魔石に触れる。

 彼女は自身の血を魔石にそそぐ。

 その蒼い血は赤い光を放ち魔石を包む。


「不忘の名のもとに。忘れし魂の形を取り戻せ」


 モディはそう唱えた。魔石の表面が泡立つ。

 煙がシューシューと音をたてながら沸き立つ。


「魂よ。おのが器の形を描け」


 沸き立った煙から二人の人影が浮かび上がる。

 キキとそのお姉さんだった。二人の輪郭は次第にしっかりしたものになる。

 肌の艶。女性的な体つき。髪の長さ。瞳の色。艶のある唇。

 どれもが二人の生前の姿になった。


「まさか、二人とも生き返らせるつもりなのですか?」


 ニコラがそう訊ねる。


「器よ。己が内にふさわしき魂を受け入れよ」


 モディの詠唱に従い魂は二人の体に吸い込まれた。これで理論上は二人は蘇ったはずなんだけどどうだろうか? 


「ここまでは私たちも何度か試したよ。でも無理だった。人の蘇生には何かが足りない」


 モディの談。

 しばらく待つ。しかし二人が目覚める様子がない。なぜだろう?

 やっぱり蘇生魔法でないと無理なのか?


「どうして、何で。出来る筈だったんだ。魔女の呪いには魔女の呪いで」


 私はそう怒鳴る。魔女の呪いは世界の理を捻じ曲げる。

 同じ呪いであるならこれでも生き返るはずだったのだ。


 私は心臓マッサージを試みる。そして気づいた

 いやまだだ。もう一段階いる。

 そうか、呼吸の仕方を忘れている。生きる方法の喪失。

 彼女たちの記憶がまだ戻っていないのだ。


「そうか、人としての記憶が足りなかったのか」


 なるほどと。モディは手を打つ。


「魂よ。記憶を読み解き、汝を汝足らしめよ」


 二人が目を覚ます。その様子にニコラは驚愕の表情を見せた。


「まさか本当に蘇らせたというのですか?」

「で、できちゃいましたね」


 モディの二つ名は、不忘の魔女。

 モディの呪い。不忘の呪い。自身を元の状態に巻き戻す呪いだ。

 ならば対象を絞れば死者の蘇生もできないはずはない。


「今まで数百のアンデッドで試してうまくいかなかったのに」

「数百て、やっぱこいつら悪人だ。人体実験してたのかい」


 私もぶっつけ本番でやってみたのだから人のことを言えない。


「あれ、ここはどこ?」


 お姉さんの方が目を覚ました。

 どうやらアンデッドに殺される直前に戻ったようだ。

 周囲の様子を窺う。

 次いでキキが目を覚ます。


「あれ。姉さんはどうなったんだ?」


 こちらはつい先ほどアンデッド化する直前に戻ったらしい。


 二人とも人に戻せた。死者蘇生の成功だ。


 そのことに魔女二人は喜んでいる。

 私はこの件の考察に入る。


 さきに結論を出すと多分トリッシュの蘇生はまだできない。

 だって不忘の呪いの本質は『状態を記憶して元に戻す』だからだ。

 理由はこうだ。二人は死んでから少しの時間しかたっていなかった。

 つまり失われた魂はごく微量で不忘の魔法の対象となった時全てを思い出せれたのだ。トリッシュの魔石はほぼ半分になっているらしい。

 不忘の呪いでは失った部分の回復はできない。

 全部の破片を手にして不忘の呪いを使わねばならないはずなのだ。


 蘇った二人は抱き合ってお互いの無事を喜んでいる。

 呪いの本体となった赤い魔石は消えていく。

 それはそうだ。二人が健在である以上本来存在しないはずのものなのだから消えるのは当然だろう。ニコラは少し残念そうにしている。

 また魔石集めに戻る。それは面倒なので困ったときのモディ様。


「なるほど魔石も不忘の呪いで存在を固定するんだね」


 モディの手で魔石の記憶を巻き戻させる。

 赤い魔石はその存在を思い出し実体あるものとした。


「ふう、考えうる一番いい状態で解決した感じかな?」


 少女たちは蘇り、貴重な魔石を手に入れた。

 誰も死なずに済んでいる。ここまでうまくいったのは僥倖だろう。


 こうして、私たちはリッチ討伐をなんとか達成した。

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