第20話

 私、ニコラは水道をひた走る。リッチの姿はもう見えない。

 だがモディはちゃんと道しるべを残してくれていた。


 通路のところどころに蒼い血が塗られている。魔女の血だ。

 周囲のエーテルを吸い魔石化したそれは光を放つ。

 暗いはずの水道をほのかに照らしだしていた。


 おかげで行くべき先はすぐにわかる。


「ステラは無事でしょうか」


 置いてきた相棒のことがどうしても気になる。

 まだ魔術は使える筈だがかなりの疲労状態だった。

 後ろから魔術を使った気配はあったのだから無事を信じて先に進もう。


「追い詰めたよ?」


 モディは水道の行き止まりまでリッチを追い詰めていた。

 巨大化した剣を振るっている。


「いい加減、観念しろー」


 モディは魔女でありながら剣の腕も確かだ。

 そうでなくては領主の側近として人間の中に潜り込むなど出来はしない。

 それをかろうじてかわすリッチもすごい。

 両者の間は均衡を保つ。その隙に走り込む。

 私の剣はリッチの体をとらえた。


「ああぁぁ。痛いなあ、ひどいじゃない」


 瞬時に傷がふさがっていく。

 回復の魔法。その魔法は詠唱もなしに発動した。


入れ墨タトゥーですか。厄介ですね」


 そう、リッチの体は魔石に近い。

 体に使いたい魔導の魔方陣を刻めばほぼ無詠唱でその力を行使することができる。

 リッチの背中と腕には何やら呪文式が書き込まれていたのだ。


「まずいですね。せっかくの魔石が目減りしてしまいます」

「あははぁあ。そう簡単にやられはしませんよ~」

「忌々しい。お姉さまが来る前にかたずける予定だったのに」


 リッチは笑っているがその内心焦っているのはわかる。

 魂の熱は有限だ。

 魔法を使うごとにリッチとしての自我や存在力が消えていくはずなのだから。


 リッチの魔石は希少だ。これ以上魔法を使わせずに退治したい。

 私は防御を捨てた構えを取る。

 私の雰囲気が変わったことでリッチはより警戒の色を見せた。


「なぜそこまで亡者にこだわるの?」

「あの人の呪いだから。世界から人殺しをなくしたいと願ったあの人の」

「不殺の呪いが消えれば私たちは消える。それまでは仲良くいられない?」


 私の叫びにも似た言葉にリッチは答える。確かにそうだ。

 死んでいても会話ができるならもっと一緒にいたいと思うはずだ。


「駄目です。死んだ者は正しく眠るべきです」


 けれどそれじゃいけない。

 死は不可逆である。不死となった者たちは生者に対して邪心を抱く。

 共にあり続けようと殺したり、一つになろうとその魂を喰らったりだ。

 そんな自我の強いアンデッドも過去には倒してきたのだ。

 この呪いは悲しみを生む。いつか綺麗に消し去らねばならない。


「お待たせ。ニコラ。モディ」


 攻め手に欠くこと数分。

 ステラが少女に背負われてやってくる。

 ふらふらとした足取りながら杖を正面に構えて詠唱を始めた。


「水よ。風よ。渦巻き凍え、檻となれ」


 氷の檻がリッチの足元から現れる。先日のアストラル戦のことが思い出された。このまま突いていけば自ずと倒せるだろう。


「ねえ、リッチのお姉さんもうやめない。時間作るからさ」

「何を言ってるのかわからない。どうしろと?」


 リッチは警戒を強めて檻に魔術を放つ。しかし、檻はびくともしない。

 流石はアストラルの魔石で作った魔法だ。かなり強力になっている。


「ちゃんとお別れをして眠ろうよ」

「眠れって死ねってことでしょ?」

「そうだね」

「ひどい」

「そうかな?」


 ステラはそう言いながら少女をリッチの檻の前に立たせる。

 何をする気なのかわからない。


「さあ、お別れをして」

「姉さん、ごめん。こいつら思ったより強くて」


 少女はリッチに話しかける。

 うつむき気味に少女はかたりかけるがリッチはそれに対して声をあげた。


「そうよ。こんな連中を連れてきて。こっちが狩られる側になっちゃったじゃない」


 その言葉で少女は何かを覚悟する。手にするのは魔導弾の装填された銃だった。


「やっぱりもうあんたは優しくて可愛らしかったあの姉さんじゃない」

「何を言ってるの。そんなもの私に向けないで」


 リッチは銃口を見つめる。残り二発しかない魔導弾。

 残念だが二発だけでリッチをしとめるのは不可能と言わないまでも難しい。

 抵抗されれば当たりもしないだろう。


「本当にいいの? これで最後かもしれないよ?」


 ステラは少女の肩をたたき照準をリッチに合わせる。


「ステラ。何をさせているのですか?」

「お別れだよ。最期ぐらい言いたいこと言いあった方がいいでしょ?」


 ステラの言葉にリッチは口を開く。


「やめろ来るな。私は死にたくない。消えたくない」

「姉さん。駄目だ。人を喰ってまで生きててほしくない」


 少女はそういう。そして、引き金を引いた。

 その弾はリッチの胸に当たり。全身を炎上させる。

 しかし、リッチは入れ墨の効果で元の姿を取り戻した。


「撃った。ひどい、あんなに可愛がってあげたのに、憎い。憎い」


 リッチは呪詛を放つかのように罵詈雑言を繰り返しだす。


「姉さんごめん」

「許さない。お前のせいで私は死んだ」


 聞いていると少女が水路で悪人に捕まり、売られそうになったところを彼女が助けたようだ。賊から逃げるために水道の奥にいくとそこに群れていたアンデッドに捕まり殺されたという。つらい話だ。


「助けてくれてありがとう。貴女が姉さんでよかった」

「キキ。許さない。お前も死ね。道連れにしてやる」


 リッチは檻の隙間から少女を掴む。強い力で引き寄せられた少女、キキ。

 そこで彼女は覚悟を決めたように銃口を向ける。


「ああ、一人じゃいかせない。さよなら姉さん」


 自身のこめかみに向けるとその引き金を引く。

 とたん少女の体を火焔が包む。そして、一瞬で灰に変えてしまった。

 くすぶる蒼い火。彼女は自らを殺しアンデッドとなった。

 そう、自殺でもアンデッドは生まれるのだ。


 ゴーストとなった少女は檻をすり抜け、姉をその腕に抱く。

 最初驚いた表情でリッチはそれに答えた。強く抱き合う姉妹のアンデッド。


「世話かけたな封じてくれ」


 その口からはその言葉が出た。

 私はその言葉を聞き檻を消すようにステラに合図する。


 檻から出た二人のアンデッドはもう動かない。魔女の蒼い血を振りかける。

 二人は混ざり合いながら消えていく。血は二人を覆い隠すように広がり包み込む。

 数秒のこと二人は一つの魔石になった。二つの炎がまじりあいその交差したところは赤に変わっていた。赤い魔石は地面に落ちた。

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