第10話

 アストラルを封じた翌日から私たちは二人でアンデッド狩りを始めた。

 ただはっきり言って、見込みが甘かった。

 私は嗚咽を漏らす。

 人を斬ったり突いたりなど恐ろしいことだったからだ。


 ゾンビーの姿に恐怖し胃の中身を吐き戻す日々。

 ニコラはその様子に溜息をもらす。

 仕方ないのだ。ゴーストやアストラルは実体がなく見た目は人に近い。

 見た目だけならそこまで怖くない。

 ゾンビーは肉体が不完全に残っているため見た目がかなりえぐい。

 臭いもすごいし戦いたくない相手なのだ。


「もう。そろそろ慣れねば仕事になりません」


 ニコラは怒りはしないもののやれやれと呆れている。

 現代っ子にはつらすぎる。何度も泣いた。


 それでも一月が経とうというころには何とかゾンビーの一体を倒せるようにはなってきた。魔法の力は本当にすごい。罪悪感が薄れるからだ。


「あなたは火の掴み方がうまいですね。普通はそんなに少しの魔力で魔法は使えません。一種の才能ですね」


 ニコラの話だと私は魔法をかなりの省エネで使えているらしい。

 魔石の減りが少ないから魔法でアンデッドを退治してもある程度採算が取れるという。その点では私も役に立ててはいるようだ。


「はい、今日はこのあたりで終わりにしましょう」

「やっと帰れる……」


 夜明ごろ私たちは仕事を終える。

 そして、今日の成果を確かめる。


「今日はかなり退治できましたね。はい、これがあなたの取り分です」

「ありがとう。じゃあこれ。生活費はこれでいい?」


 ニコラはそういって今日の稼ぎの半分を私にくれる。

 私はそこから二割をニコラに払った。今迄の生活費だ。

 私は一日の稼ぎの二割をニコラに払う。そういう契約をした。

 当たり前だ。

 ニコラの足を引っ張って狩りをしているのに同じ報酬とはいかない。

 これは私の側から申し入れた契約だ。ニコラは最初渋ったが受け入れてくれた。


「もう、私のものになればいくらでも養うのに」


 いまだチャームの魔法の影響があるニコラ。

 時々そんな冗談を言い出す。正直やめてほしい。


「冗談でもそういうのはやめてよ。本当にぐらっと来る」


 ニコラの冗談に心揺られる。

 本当にその話に乗ってしまえば私はニコラのおもちゃだ。

 それもいいかもなんて最近では思ってしまう。かなり感化されてしまっている。


「何はともあれ生活基盤が整ってきた」


 私はニコラにもらったノートに今日の出来事をしたためる。

 お金も少したまってきた。そうなると次々と欲望が高まる。


「と、いうわけで街に行きたい」


 女の子は大変だ。

 まだこの体は幼いとはいえしっかり女の子。

 そうなってくると必要なものは多い。お買い物に行きたい。


「どういうわけでもいけません」

「いや、化粧水とか服とかがだねもう少ないんだよ」

「買ってきますよ、私が。ステラには危険すぎます」


 そうなるといつものこのやり取りだ。

 おかげでまだこの世界の街を一度も見ていない。


「自由のない軟禁生活じゃつまんないよ」

「駄目です。この世界は普通の少女ステラには危険すぎます」

「普通じゃないし、魔女だし」

「ほほう、なら今宵は一人で亡者の一人でも狩っていただきましょうか?」

「い、いいともさ。出来たら街に行くよ」


 いや、良くない。詠唱中守ってもらえないと私では死んでしまう。

 ここは一つ芝居を打とう。


「でも、それで私が死んだら契約違反でしょ?」

「そう、ですね……」

「一応ついてきてくれるんだよね?」

「そこはもちろんです。ちゃんと狩れたのか確認しないとですから。でも私の手が必要になった時点でこの賭けはあなたの負けでいいですね?」

「うん、わかった。その条件で契約だ」


 しめしめうまくいった。

 これならニコラに先導させて狩るだけだ。いつもとそうは変わらない。


「……そう思ったのに。今日は本当についてくるだけ?」

「当たり前です。さあ行ってください。獣からは守ってあげます」


 ニコラは本当に私の後ろに立って一定の距離をついてくるだけだ。

 仕方ない奥の手を使うか。


「ぎゃあああああー。助けてーー‼」


 私は森に入ってすぐに大声で悲鳴を上げた。

 ニコラは私の奇行に吃驚してあたふたしだした。


「な、なにをしてるんですか⁉」

「いや、森に入りたくないからこの声に亡者が寄ってこないかなって」


 アンデットは目も耳もないのになぜか生者を求めてやってくる。

 この声にも反応するはずだ。

 ついでに言うと同業者が森にいる。

 この声に助けてもらえれば一人でも狩ったことにできると思ったのだ。


「馬鹿なんですか、あなたは。この森、全部の亡者が寄ってきますよ⁉」


 ニコラの慌てように私も青ざめる。やばい、死ぬ。


「え、ええぇぇ―――⁉」

「逃げましょう。流石に私でも守り切れる自信はありません」


 大丈夫、手はあるのだ。


「じゃあ、森を燃やし尽くすか」

「ちょ、ちょっと。冗談ですよね?」


 前から考えていた方法だ。臭いんだよアイツら。

 燃やせばいいじゃんと思ってた。

 燃え尽きた森はあとで魔法で直せるし植生も若返っていいんじゃない?


 私が本当に詠唱を始めるとニコラが見たことない顔で焦りだす。

 思わず笑いそうになった。


「や、やめてください、いくらなんでも過激すぎます。それに駄目です。そんなことをしたら全部のアンデッドがアストラル化してしまいます」


 アストラルは器となる肉体を失い、寄り集まった魂の集合体。

 普通の炎で焼いたら肉体を失った魂は魔霊と化してしまう。

 冷静さを取り戻した私はニコラのその言葉に詠唱を慌ててやめる。


「あ、詰んだわ。これ」


 私達は慌てて街まで走りだす。

 森を出た亡者の群れを流石に二人でどうこう出来はしない。

 家に逃げ帰っても壊されておしまいだ。助けを呼ぶしかないのだ。


 結局街には行けるけど思ったのと違う結果になってしまった。

 いきなりの夜間ランニング(全力)。


 何でこうなった。うん、私の所為だ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る