第11話

 夜間ランニングはキツイ。全力疾走とか、死んじゃう……

 ゼーゼー言いながらもようやく見えてきた街の明かりと周囲を囲う高い塀。

 まったくもってその壮観な光景に感動する余裕はない。


 後ろからは亡者の群れがぞろぞろとついてきている。

 夜のマラソン大会かな? 

 あんまり早くはない気はするけど数がヤバイ。

 たぶん百は超えている。

 中にちらほらスケルトンやゴーストもいるし危険度はこの距離でも分かる。


「アストラルはいないみたいですね。そこだけは幸いです」


 ゴーストはただ肉体を失って彷徨う魂。

 アストラルはそれが集合し一個の意思を持つようになった死霊の事。

 そう考えると私もアストラルの一種なのかもしれない。

 異世界人の魂の宿った人間。もしニコラがそのことに気づいたらどうだろう?

 間違いなく斬られるね。黙っておこう。

 しかし、そんなことを考えている時間はもうなさそう。

 目の前の惨状をどうにかしないといけない。


「たぶん衛兵たちはこれに気づいています。仕方ない。助けが来るまで私が相手をします。援護を」

「わ、わかった。一番強いのの詠唱を始めるよ」


 街道を走ってきたから燃えるようなものや影響の出る建物もない。

 何の遠慮もなく魔法を放てる。


「火よ。回れ。渦巻踊れ。風よ。そよげ。炎を生み出せ」


 第一詠唱。炎を生み出せた。

 周囲は赤い炎で照らしだされる。ニコラのいつもの戦闘服は今日は紅に染まる。


「炎よ。風よ。舞い踊れ。天を喰らい我が敵を打て」


 第二詠唱。私の今使える攻撃魔法はここまでだ。

 杖先でとどまっていた赤い炎は蒼に変わりニコラの周りの亡者を焼いていく。

 亡者たちの魂が落ち燻り、戦場は青一色に彩られる。


「いいですよ、魔女の血は私が使います。どんどん倒してください」


 ニコラから檄が飛ぶ。いやそう簡単に言わないでくれます?

 この世界の魔法には火種に魔石の中の熱を使う。それが魔力。

 つまり、術者には技能だけが求められる。

 けど、詠唱の速度を間違えたり加減が悪いと不発に成ったり、自身が巻き込まれかねない。酷く集中力を要するのだ。一回の詠唱で相当に体力と精神力を消耗する。


「とはいえ、魔女ならそこまで集中しなくてもいけるんだろうな」


 多分私が前衛を張りニコラが魔法を唱えたほうが殲滅力は高い。

 でもニコラは私に剣を持って戦えとは言わない。秒で死ぬから。


「大丈夫。アストラルを倒せたのですそこまで卑屈にならなくていいのですよ」


 ニコラはそう言ってくれるが敵はまだいる。

 魔法でかなり削れたけどすでに物量に押され始めている。

 助けが来ないともう間もなく私もニコラも限界だ。


「仕方ない、かわろうっか」


 どこかからそう声が聞こえた。突如体の自由がきかなくなる。

 何だろうこれ。動けない。私はバランスを崩し倒れそうになる。

 でも体が勝手に動き数歩たたらをふむだけで済んだ。


「ステラ、大丈夫ですか?」


 突如ふらつきだした私にニコラは焦りの声を出す。

 それに手を振りながら答える。口は不思議と呪文を唱える。


「貫け」


 たった一言。私の口は勝手にその一言を吐き出した。

 突如杖の先から光の奔流が飛び出す。

 それは杖を振ることで向きを変えアンデッドの群れを薙いだ。

 一瞬で戦場は蒼に彩られる。


「な、詠唱短縮。いつの間に覚えたんですか?」


 ニコラは巻き添えを喰らわないように華麗に回避した。

 そして驚愕を口にする。

 私だってわからない。急に頭の中に唱えるべき言葉が浮かんだのだ。


「まあ、このぐらいでいいかな?」


 私の口はそう呟く。体の感覚が戻ってくる。

 私はふらつきながらも姿勢を正す。

 そうこうしてると街の衛兵と領主のおばさまがものすごい形相で駆けつけてきた。

 援軍だ。化け物の群れは半分を切っている。何とかなりそうだ。

 援軍は手際よく周囲に散りアンデッドを倒していく。

 ものの数分ですべてのアンデッドは倒された。

 衛兵と領主様は私たちのもとへやってくる。


 結果から言うと、めちゃくちゃ怒られた。


「あほかい、ニコラお前さんが居ながらなんてことを‼」

「はい、まったくもってその通りです。申し訳なく思ってます……」

「まあまあ、領主様。年端も行かない子供のしたことですから」

「だけども、子守もできないならどこかに預けたらどうだい?」

「そ、それは出来ません。なにとぞ、そこだけはご勘弁を」


 ニコラは平身低頭、領主様に謝り続けている。

 こころなしかしょんぼりしている。その様子に申し訳ない気持ちになる。

 私はまたやっちまったよ……


「それに、そこの嬢ちゃん。まさか、魔女じゃなかろうね?」

「あ、はい。魔女のステラです」


 私の言葉に全員の表情が凍り付いた。

 領主のおばさまの視線がより険しくなる。

 周囲の衛兵は素早く私から距離を取り身構えた。


「ば、馬鹿。違うでしょう、あなたはただの普通にいる小娘です」

「だから、魔女だし。ちゃんと魔法も使えるもん」

「ほうそうかい、確かにあんな魔法が一般人に使えると思えないね。もしそうなら……」


 そう言うなり私の目前で手に持つ剣を横に薙ぐ。

 それは私の首の数ミリ先で止まった。


「この場で即、処刑させてもらうよ?」


 おおっと、私何かしちゃった?


 このままだと死刑コースらしい。冷や汗が止まらない。

 魔女はそれだけこの地では恐れられているんだろう。


「ああ、そこは平気ですよ。この子はれっきとした人間です」


 私の腕から流れる赤い血を見た女の兵隊さんが領主に答える。

 さっきから転んでけがをした私の手当てをしてくれていた可愛らしい衛兵さんだ。


「血はちゃんと赤いか。魔女の血は蒼い」


領主のおばさまはぎろりと私の全身を見回す。


「かなり強い魔石を使ったようだねえ」

「はい、そうですぅ。おかげでほぼ魔石の中の火種は終わってしまいましたぁ……」


 私は領主様に光を失った杖の先の石を見せる。ぎろりとにらまれ涙目だ。

 魔法の使い過ぎでもう魔石としての力はなくなっている。

 買えば普通の人間が一年暮らせるほどの魔石だったらしいが、それをたったの一回で使い切ってしまった。

 魔女の血ももう使い切り、この場で切りかかられたら私はまず死ぬ。


「錬金術師の見習いだったのでしょう。記憶がないので自身を魔女と勘違いを……」


 苦し紛れのニコラの言い訳。ああ、誰も信用してないのがわかる。

 だって誰も剣を下げないんだもの。


「まさか魔石鉱溶液を作れるのかい?」

「な、何度かクズ魔石から作ったことはあります」

「確かうちの在庫もこれでなくなるねぇ……」


 いまだ剣を下ろさない領主。こっわい。

 何か余計なことを言えば今すぐ物理的に首が飛びかねない。


「ふむ、あんた名前は?」

「ス、ステラです。たぶん、魔女じゃないですぅ……」

「よろしい。いいね、間違っても今後人前で魔女を名乗るんじゃないよ? 今の世の中、魔女なんて名乗るのはよっぽどの命知らずさ。昔は魔術を扱うものをみな魔女とみなし、敬ったのにねぇ……」


 どこか悲しそうな顔を見せるも領主のおばさまは次の瞬間、にたりと笑った。

 何だか悪いことを考えてそうな顔で私を見つめる。こ、怖い。


「それにしても、錬金術に魔術。なかなかに才がある。うちに来ないかい、給金は弾むよ?」


 領主のおばさまはそんなことを言いだした。

 私は魔女を騙ってるだけだったらしい。

 今知ったけど、魔法使いのことを魔女というわけではないんだね。

 もう人前で魔女を名乗るのはやめよう。


「や、やめてください。この子は何も知らない可哀そうな子なんです。記憶もほとんど失っていて、街で暮らすなんてとても……」

「ならなおさら常識を身に着けるためにも街にいたほうが良くないかい?」

「私が嫌なんです、もうこの子を失っては私が……」

「私もニコラとお別れは嫌だよぅ」


 ニコラは魔女の弟子だったのがバレれば何されるかわからない。

 私も転生者である秘密がバレやすくなるし困る。二人とも街には居たくない。

 遊びには来たいんだけどね。


「領主様、街の隅に空き家があります。恐ろしいほどの剣と、魔法の腕。この二人を自由にさせるのはあまりに危険です。そこに住まわせ、監視しては?」


 衛兵のお姉さんがそう言う。

 その言葉に領主は頷きつつ、ぎろりとお姉さんを見つめる。


「モディ、あんたがそう言うなら責任は持つんだろうね?」

「はい、一緒に暮らして監督します」

「よろしい。では、その手はずで進めな。準備もいるだろう、三日以内にそうしな。さもなくば剣姫とそこの小娘、二人とも牢にぶち込むよ?」


 領主様はそういうなり護衛もなしに一人歩いて帰っていく。


「こっわ。やべぇ……」


 姿が見えなくなってから私はやっと一息つく。

 この世界のおばさま、めっちゃ強いし怖い。

 あの人ニコラと変わらんくらい強いんだもの。亡者をサクサク切り倒してたし。


 そして、私たちは街の片隅で暮らすように命令されるのだった。

 同居人が増えたのはどう出るのか。不安でたまらない。

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