第9話
アストラルは封じられた。魔石となって。
すると分け前はどうするかと話し合いになった。
当たり前だこんな危険な仕事だ。同業者間でいざこざは起きる。
「魔女の血。いえ、魔石鉱溶液はそちらのものですよね?」
魔石鉱。内包する魔力を使い切った魔石のことだ。
それを再度液状にかえたものが魔石鉱溶液。通称、魔女の血。
「いえ、倒したのは剣姫殿。もらえませんよ」
「そこのお嬢ちゃんの杖の魔石もきれたようですし新調が必要でしょ?」
結果から言うとニコラの総取りになった。
冒険者たちは魔石の権利を放棄したのだ。理由は危険だから。
魔力の大きい魔石は使い勝手が悪いらしい。魔法の火種には高出力すぎるのだ。
魔法の触媒としてはあまり便利なものではないという。
「では、経費ぐらいは出させてもらいます」
そういってニコラは小さい魔石を二個づつ冒険者たちに払った。
「こんなに貰ってよいのですか?」
「ええ、もちろん。ステラを守ってくれた礼も含んでいます」
「そういうことなら……」
「ありがとうございます」
冒険者たちは終始ニコラに頭を下げながら街へと帰っていった。
私たちはその姿を見送る。
「ふう、疲れました。我々も帰るとしましょう」
「そうだね」
「帰ったらいろいろと言いたいことがあります。覚悟していてください」
ニコラに怒られる。
まあ、約束を破って家を抜けだしたこと。魔石を勝手に使ったこと。
他にも危険なことをしたことで叱られるのはわかった。
「なぜこんな危険なことをしたのです?」
二人ともシャワーを浴びて一息ついたところでニコラはそう口にした。
私は考えていた言い訳をする。
「もしかしたらニコラが危ないと思ったから」
「馬鹿にしないでください。ドラゴンを単身で倒した私が魔霊の一体ぐらいに後れを取るとでもお思いですか?」
「そんなのわからないよ……」
私はちょっと涙目である。ここまで怒られることはなかったからだ。
小さい体に引っ張られて感情も幼くなっているのかもしれない。
「まあ、心配してくれたことには感謝しています。それにアストラルをあそこまで短時間で討伐できたのもあなたのおかげです」
ニコラはそう言って私にココアのような飲み物をよこした。
甘くて少し苦い味。
もうお叱りモードは終わったようだ。なら今度は私の番だ。
「ねえ、なんでアストラルが生まれたの?」
「さあ、なんででしょう。たまたまゴーストが群れていたのでしょう」
ニコラはそう言葉を濁す。私は追及する。
「剣姫が毎夜見回る森でゴーストが複数体漂うなんておかしいよね。今回のアストラルを生み出したのはニコラ、あなたでしょ?」
ニコラは一瞬眉を顰める。この子は感情が顔に出やすい。
元が素直なのだろう。でもそれが今回は裏目に出た。
「どうしてそんな危険なことしたのさ」
「その理由を聞いてどうするのです? 兵にでも突き出しますか?」
ニコラは暗に疑惑を認めた。今晩の事件の原因と黒幕はニコラ。
彼女は危険極まるアストラルをその手で生み出したのだ。
「魔石を数百個用意しそのすべての封印を解きました。解き放たれた魂は自身の姿を取り戻そうとバラバラの魂をつなぎあいます。その時人の形に戻れた魂がアストラルとなるのです。つまり、継ぎはぎの魂」
「その継ぎはぎで何をしようとしてるの?」
「すべては私の師匠を取り戻すため。アストラルは死者の転生ともいえる存在。その在り方を操作すれば崩れ去った魂を取り戻せるはず」
ニコラはわるびれもせず淡々と理由を語る。
「私たち魔女は優しき大魔女トリッシュの再誕を目的に動いているのです」
ニコラの悲願。師匠を取り戻すこと。
そのことを私に告げた。
「そうか、でもそのせいで誰か死ぬのは許せない」
「私だってそんなこと望んではいません」
ニコラはそうはっきりと私の目を見て口にする。
「ならなんでそんなことしたのさ。一歩違えばあの人たち死んでたよ」
「どうしようもないのです。失われた魂は不確かで形がなくそれを取り戻すには何度も実験しなくてはならない。そのためには必要な犠牲もあります。しばらく魂の安定するのを待っていたのです。そこにあなたたちが来てしまった。もう少しで何かがつかめる気がしたのに、残念です……」
ニコラは悲痛な叫びをあげる。これは悪いことだ。
私はそう考える。ニコラを責めるのは簡単だけど、私はそんなことできなかった。
私の出来ることはこうだ。
「私も手伝うよ。ニコラには笑っててほしいもの」
ニコラはひどく悲しそうな顔を先ほどからしている。
私はこの子を一生面白おかしく暮らさせたい。それが最初の契約だった。
だったらその約束を果たそう。
「命の代価は命。命を弄ぶならこちらも命を差し出す覚悟がいる。だから、私は悪いことは全力で止める。でもニコラの願いが叶うなら私はその手伝いをしたい」
私はニコラの瞳をのぞき込む。その瞳には迷いが見えた。
「馬鹿ですね。お人よしすぎます」
「どこがぁ? ニコラの方こそ私を拾ってくれたでしょ?」
私は少しおどけて見せる。もう迷いは消えていた。
「ではステラ、私の仕事を手伝ってください」
「うん、もちろん。いいともさ」
「危険ですよ?」
「大丈夫、覚悟しておく。それに私のこと守ってくれるんでしょう?」
「でも、後悔するかもしれませんよ?」
「その時はその時考えるよ」
面倒な考えは先送り。あとで足をすくわれそうだけど今はいい。
そして、私たちは真の意味でバディとなった。
この日、最弱の魔女と最強の剣姫は新しい契約を交わした。
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