第8話

 迫るアストラル。罵詈雑言を繰り返している。


「何言ってるのかわかんないけど馬鹿にしてるのはわかるな」


 私のことをかなり侮っているらしい。

 なら都合がいい。私は詠唱を始める。


「炎よ。風よ。渦巻き踊れ。」


 炎の渦でアストラルの行く手をふさぐ。

 しかし炎も気にせず私の方に一直線に飛んでくる。


「やっぱ無理かあ。炎は効いてるみたいだけど……」

「どうしますか?」


 近くにいた女性冒険者が小声で訊ねてくる。


「よし、皆さん。逃げましょう」


 勝てっこない。殺される。

 私は背中を向けて全力でニコラの家の方角へ走り出す。


「ニコラ~。早く来てぇ~」


 応援が来るのを待つ。魔女の弟子であるニコラなら当然魔法も使える。

 アストラルの強さは知らないけどドラゴンほどではないはず。

 より効果的な魔法でやつを討てる筈だ。

 私は悲鳴をあげながらアストラルから逃げる。

 アストラルはくすくす笑いながら私を追いかける。完全に遊んでいる。


「笑っていられるのも今のうちだぞ」


 私と冒険者のパーティーじゃ絶対勝てない。

 ニコラが来るまで時間を稼ぐ。

 そして、すぐにニコラはやってきた。


「なぜ、ここにいるんですか?」


 それが第一声だった。

 私が家を出てきたことか。それともアストラルが現れたことなのか。


「仕方ないですね。援護を」


 ニコラは剣を抜く。軽く言われても援護の仕方なんて分からないんだけど?

 ニコラの剣には魔女の血が塗られているらしい。

 それで断ち切れば大抵のアンデッドは消えてなくなるという。


「斬れてるのに消えない?」


 瞬くまにアストラルに接近し剣を振りぬくニコラ。

 しかしその斬撃が効いている気配はない。


「いいえ、効いてはいます。あと一万回ぐらい刻めば勝てるでしょう」

「一万て本気?」


 気が遠くなりそうだった。そんな隙は見せてくれないと思う。

 斬られたせいかアストラルは下品な言葉を繰り返しながら宙でくるくると回りだした。明らかに怒っている。


「危ない」


 ニコラに抱えられ宙を舞う。その瞬間には私のいた地面が燃えていた。

 アストラルが魔法を打ってきたのだ。


「やばい、死ぬ」

「安心してください。倒せない敵ではないです」

「本当なの?」

「ええ、私たちなら」


 その言葉を信じてニコラに抱っこされながら魔法を詠唱した。

 炎の槍がアストラルを貫く。怯ませることには成功した。

 でも変わらず追ってくる。


「いいですよ、確実に効いています」

「そうなの?」

「あと九千九百九十回ぐらい斬りつければ倒せそうです」

「思ったより効いてない。ほんとに勝てるの?」


 どれだけアストラルが危険かわからされる。

 移動速度も速く、私を抱えて逃げるニコラは圧倒的に不利だ。

 だが私では自力で攻撃をかわせない。


「火よ。風よ。吹き荒れ爆ぜろ」


 ニコラの家に来た冒険者たちが魔法で援護をしてくれた。

 少しだけアストラルの動きが変わってきた。

 鬱陶しいとばかりに冒険者たちの方に蒼白い炎を放つ。

 幸い誰もその炎に当たることはなかったが森の方に火が燃え広がる。


「まずいですね。このままだと他のアンデッドも集まってきます。第二、第三のアストラルが生まれるかもしれません」


 ニコラは少し焦りを見せる。


「仕方ない。ステラはここに隠れてください」


 ニコラは黒いケープを私にかぶせる。

 そして獣道のわきに私を隠す。


「魔力を隠す魔道具です。アストラルから見えなくなります。先日教えたあれを使います」

「あれって、監獄魔法のことだね?」

「はい、私が合図したら詠唱を始めてください」


 一回で魔石を使い切る一発勝負の魔法だ。

 外せば私たちに命はない。命がけだ。


「こっちですよ。かかってきなさい」


 ニコラはアストラルを挑発する。

 対するアストラルは怒りを見せニコラに遠方から魔法を放つ。

 その魔法をニコラは冷静な剣さばきで切り捨て、はじいた。

 魔剣の力があるとはいえ恐ろしい反射神経と集中力だ。


「さあ、そろそろこちらから行きますよ」


 ニコラはそういうと一息にアストラルに迫り駆け抜けざまに切り裂く。

 一閃の威力はなかなかだろうがアストラルには効き目が弱い。

 ただ、ニコラの剣閃は確実に決まり続ける。数十、数百の剣閃を刻み付ける。


「そろそろ仕上げでしょうか」


 その言葉に私は詠唱を始める。

 アストラルは私の目の前に迫る。逃げることはもうできない。


「火よ。風よ。土くれよ。混じり交ざって露となれ」


 三属詠唱。それぞれの加減が難しすぎて魔法の知識だけでどうこう出来ない。

 高度な技術の必要な魔法。

 土が高温で溶けだし、紅いどろどろの溶岩になる。


「溶土よ。踊れ。渦巻燃やせ」


 その中に魔女の血の入った瓶を放り込む。

 赤い炎は蒼に染まる。これで魔石の溶岩の出来上がり。

 それはアストラルの前方で沸き立ち、取り巻くようにせりあがった。

 アストラルはすっぽりと溶岩に覆いつくされた。

 

「やったアストラルを閉じ込めたぞ」

「いえ、まだです。そのまま維持して」


 冒険者の一人が喝さいをあげる。しかしニコラはまだだと叫んだ。


 突如アストラルを取り巻く溶岩の一部が盛り上がる。

 中でアストラルが暴れているのだ。

 そして、鳥かご状に固まる魔石の溶岩。

 魔石は魂の残り火をその中に封じる。つまりアンデッドは触れない。

 アストラルは自らの魂の熱を駆使し魔法を使いだす。

 内側を爆炎で吹き飛ばそうとしているようだ。

 その隙間からアストラルはこちらを狙う。


「うわ、もう維持できないよ」


 私の集中力と気力はもうつきかけている。魔石の力ももうきれかけている。

 そう長く閉じ込めてはいられない。


「まずまずの成果です。仕上げです」


 そこからは蹂躙だった。ニコラは溶岩の隙間から魔剣でひたすらアストラルを突きさした。眼にもとまらぬ速さでだ。数えていたけど途中でわからなくなった。


「はい、一万……」


 軽く息を吐くニコラ。次の瞬間私の魔法は瓦解した。

 中からはボロボロの人影が現れる。アストラルのなれのはて。

 ニコラの刺突によってハチの巣になったものだった。


「おしまいです」


 ニコラはアストラルの胴を横なぎに切る。

 分断されたそれはキラキラと光りながら天に帰っていく。


「では魔女の血を」

「え、あ。はい」


 冒険者の女性はニコラにうながされ蒼い液体の入った瓶をアストラルに投げつけた。割れた瓶から蒼い光が飛び出しアストラルの体を覆いつくす。

 そして次の瞬間には拳ほどの大きさで固まり魔石となった。


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