第3話

 暗い。視えない。真っ黒。夜?

 いや何も聞こえない。何にも触れない。

 痛みも苦しみも感じない。ただ暗闇の中を漂っているようだ。

 そう、きっとここは闇の中。


 死ぬってこういう感じなんだ。

 私はそのことに安堵した。暗闇が心地よいと感じるのは初めてだった。

 病に長く蝕まれ、目を閉じても暗い其処では常に痛みと苦しさ。

 夜であってもその苦痛は和らぐことはなく永遠に眠れない。

 私、ステラこと星理あかりの一生はそれだった。


 やっと眠れる。それに安堵する。

 でも暗闇に虹色の閃光が差した。眩しい。朝の光よりも。


「ごめんね。いつか償うから。でも、これはきっと貴女にも意味はある……」


 何も感じなかった暗闇の中で声を聴いた。優しい声。

 女の人の声だった。


 気が付くとまた暗闇の中。さわさわと音を立てて揺れる木々。

 何処かから漂ってくる酷いにおい。

 それに気づいて目を開ければ、ニタニタ笑うような大きな双月。


「さ、寒い。どこ、ここ?」


 気が付いた時には森の中だった。

 私はほとんど裸に近い格好で森の中を彷徨っていた。

 自身の意思に反して足が勝手にすすむ妙な感覚。

 恐怖と寒さ、思わず自身の両肩を抱く。

 この時やっと私は自身が生きていることに気づいた。


「また、亡者。こんな幼い子までか。哀れな」


 木々の間を抜け開けた場に着く。そこに白い少女がいた。

 青い炎に彩られたその少女はひどく儚げでそれゆえに美しかった。


「今、楽にしてあげますからね?」


 そう言うなり剣を抜き放ち私の目の前まで一息に迫るとそれを振りぬく。


「ひやあぁああ⁉」


 思わず悲鳴を上げると後ろにひっくり返り尻餅をついた。

 その痛みに呻き声をあげる。


「な!? 今のを躱した?」


 その少女は驚きに目を見開く。そして、慌てだす。


「ぞ、ゾンビじゃない。危うく可愛そうな少女を切るところでした」


 そう言って剣を鞘に戻すと消えかけの蒼い炎の方に歩み出す。


「ここは危険です。どうか気を付けてお帰りなさい」


 そう言ってひどく疲れた表情で私に背を向け、どこかに去ろうとする。


「たす、たすけて……」


 私の口からは勝手にその一言だけがこぼれた。

 さっきから勝手に体が動いたり口が開く。寝ぼけている時の感覚だ。


「助けて? なぜ、私が助けないといけない。意味が分からない」

「たすけて。連れてって、おねがい」

「お断りです。犬猫とは違うんです。他人など養う気はありません」


 さっき切り殺そうとしたわびもなしにひどい言いようだ。

 だんだん腹が立ってくる。ふつふつと体の中に熱がこもっていく。


「さっき、切り殺そうとした。命の対価は、命で払って」


 なぜかそんな言葉が頭に浮かんだ。

 自分でも面白い物言いだと思う。

 同じように思ったのかその少女は歩みを止め振り返る。


「なら私は、ここで死ぬことにしましょう……」


 少女のその声と同時、森の奥から呻き声が聞こえる。


「この森に一人取り残されれば、貴女は間違いなく死ぬでしょう」

「どういうこと?」

「あれを見ればわかります」


 その言葉と同時、森の奥からぼろぼろの服を着た骨の怪物が現れた。


「私はここで死んで命の対価に命を支払います。そして、貴女もアレに喰われ命を落とす。簡単な話です」

「あ、あなたはそれでいいの?」

「ええ、もう疲れてしまいました……」


 骨の怪物が数体森の切れ目から姿を現す。

 その姿に身の毛がよだつ。私は震え上がる。


 少女は大の字に草地に寝そべり、本当に抵抗する気はないように見えた。

 それでは私もあれに喰われておしまいだ。


「命の代価は命。貴女が私のものになるというのなら助けてあげますけど?」

「それって、一生貴女の僕。奴隷になれってことでしょ?」

 

 目の前の少女のあんまりな取引に絶望する。

 そんな間に化け物たちは私たちににじり寄る。

 私は近くの地面に刺さっていた少女が手放した剣を手にする。


「く、くるなあぁ。う、うわぁーー‼」


 私は悲鳴をあげながらもその剣を振り回す。

 見た目よりも軽いものの重い剣は当たるわけもなく空を切る。

 私のへっぴり腰に少女は笑い声をあげる。


「ならば、命の対価は何だというのですかっ?」


 ひどく自棄になった叫び。

 最後通達。この質問に答えなければこの子は本当に死ぬ。

 それだけはわかった。


「命っていくらの価値?」

「命の価値か。さあ、考えたこともありません。どのくらいでしょうね。一生面白おかしく暮らせるぐらいでしょうか?」

「なら払う。一生かかってでも支払うから、私を守って」

「ただの子供に何ができる。お金など持っていないでしょうに」


 少女はそういって目を閉じると一つため息をついた。

 その態度に私は腹が立っていた。


「ずるい。貴女そんなに綺麗で強いのに。ちっとも面白そうじゃないなんて」


 健康で美しい少女がちっとも楽しそうでないことに。

 その人生にあきらめが見えたことに。

 今までの私は病に侵されちっとも楽しめていなかったからだ。


 化け物は剣を振るう私より少女にめがけて迫る。

 その前に駆け込み剣を振るう。

 遠心力のきいたその重さに耐えられず私は剣を手放してしまった。

 迫る化け物。

 私は震える体を奮い立たせ自身の両手を広げ少女に近づかせないようにする。


「だったら、あなたのこと一生面白おかしく暮らさせる‼」


 私の言葉を聞いた少女は、息をのむ。

 化け物はその鋭くとがった手で私を薙ごうとする。

 次に迫る衝撃と痛みに身構える。


「ふふっふ。いいでしょう」

 

 結論から言うとその衝撃も痛みも訪れなかった。

 次の瞬間化け物たちは動きを止めた。

 


「命の対価は命、か」


 少女は立ち上がった。

 しかし、剣は離れたところに転がっている。

 怪物たちは森の木々をかき分け広場に集まる。

 完全に囲まれた。武器のない少女二人に勝ち目はない。

 だが、先ほどまでの酷く気怠そうな少女から雰囲気が変わる。

 

「火よ、風よ。渦巻き踊れ!」


 少女の声に世界がざわめく。目の前に炎の渦が現れる。

 それは骨の怪物たちを飲み込み一瞬で灰へと変えた。

 どうやら取引は成立したようだ。


「払えないときはその命で払っていただきますけどね?」


 蒼炎を背に少女は笑った。

 命の対価は命。これが闇の中。

 出会い交わした私、ステラとニコラの最初の契約だった。

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