第4話
森を抜けたところにある可愛らしい二階建ての家。
そこにつくと私はお風呂に入るように言われた。
「いくらなんでも汚い。それにひどい匂いです。部屋に入る前に綺麗に洗い落としてください」
白い少女は私に新しいタオルと石鹸をよこすと私にそのように命じた。
確かに私の姿はひどい。ボロボロの貫頭衣。
草木に引っ掛けてできた傷でろくに体を覆えていないそれでは裸に近い。
「替えの服は探してあげます。その間に風呂で汚れを落としてください」
少女はそういうと家の奥に消えた。
「ありがとう」
私はお礼を言うと早速服を脱ぎ捨て裸になる。
体は転んだせいで泥だらけである。
風呂は幸いにして使い方に困ることはなかった。
シャワー付きのバスタブに入り蛇口をひねる。
最初は冷たい水が出て思わず悲鳴を上げる。
「温かい。綺麗な水」
温度がちょうどよくなってから全身を濡らす。
そして体中にできた擦り傷がしみてまたも小さく悲鳴が出る。
泥を落とさないと化膿するかもしれない。もらったタオルと石鹸でやさしく体を撫でる。一回では泡立たない。二度三度と体を洗い流す。
ようやく泡立ってきたところで浴室のドアが開かれた。
「どうやら綺麗になったようですね。着替えはこれを使ってください」
少女の視線が私の全身をゆっくりと廻る。
同性とは言え私にも羞恥心はある。恥ずかしさに思わず手で体を隠す。
「そこら中傷だらけですね。痛そうです。仕方ない、ちょっとこちらに来なさい」
少女の前に立つ。すると少女は首に下げた綺麗な石を手に何かをつぶやく。
「癒しを」
そして唱える。その声を皮切りに光が石から飛び出すと私の体中を駆け巡る。
次の瞬間私の傷はすっかり消えてなくなっていた。
「すごい、魔法?」
「ええ、これで少しはましになったでしょう」
少しなんてものじゃない全身の痛みがすっかり消えた。傷跡の一つも残っていない。
「すごい、一瞬で体の痛みが消えた」
「すごくなんてありません。魔女ならこの位は朝飯前でしょう」
「そうなんだ。じゃあ、貴女は魔女なの?」
私の質問に少女はくびを振る。酷く悲しそうな表情を浮かべる。
「魔女は特別な存在。蒼い血を宿した魔法使い。私は魔女にはなれなかった……」
「でも私の傷を治したよ?」
「魔石さえあれば魔法はだれでも使えます。こんなのは常識でしょう?」
常識、私の常識はここにはない。どうやら私はこの世界とは違うところから来たようだ。
そのことがなぜかわかってしまった。もう戻れないこともなぜかわかる。
「私、他の世界から来たみたい。だからこの世界のことはわかんないよ」
「他の世界? 何を馬鹿げたことを」
少女は私の言葉を信じていない。でも事実なのだから仕方ない。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はニコラ。貴女名前は?」
着替えをすませるとニコラと名乗った少女に向き直る。
「私は……」
なぜか本当の名前を言ってはいけない気がした。もうあの世界には戻れない。
なら新たな名をかたった方がいいのではと。
「私の名前はステラ。助けてくれてありがとうございます、ニコラさん」
「敬語など不要です。ただニコラと呼んでください」
見た目では十代前半だろう美しい少女だ。
かの世界で過ごした私の年齢よりも幼げなニコラ。
魂の年齢的には私の方が年上だろう。
遠慮なく呼び捨てにすることにした。
「わかったよ、ニコラ。よろしくね」
「これからよろしくですね」
ニコラは少し疲れた表情でそう答えた。朝日が家の中に差し込んでくる。
「これから?」
「命の対価は命。私を一生面白おかしく過ごさせてくれるのでしょう?」
ニコラは少し意地悪な顔でほほ笑んだ。
そのきれいな横顔に思わずドギマギさせられる。
「う、うん。そうだよ。一生一緒だよ」
改めて言われると気まずい。
ちょっと重い感じのする言葉だ。
「もう夜明か、今後のことは少し休んでから話しましょうか」
「うん。そうだね、ニコラ」
そういうと私を部屋に案内する。
「少し狭いかもですがここで一緒に休みましょう」
ニコラはこともなげにベッドに入ると横になり私を呼ぶ。ベッドは一つしかないようだ。
いきなりの同衾。今日知り合ったばかりの人と同じベッドで寝るのはドキドキする。
でも厚意を無碍にはできない私もニコラの横に寝る。
目の前には金糸のように煌めく髪。目を伏せる美しい少女。
緊張して眠れない。
そんな私の心境は露知らずニコラは小さな寝息を立てて眠ってしまった。
「綺麗。それにすっごくかわいい。何このまつげ。お人形さんみたい」
なんとなくいけない感情が湧き起ころうとしていた。
思わずその金糸の髪に手を伸ばす。しかし、その時異変があった。
ニコラが急に私の右手をつかみ関節を決めてきたのだ。
「いた、ちょなんで? いた、痛いってば」
私の声に何か言葉にならないことを口にし一度は離す。
そして私の背中に両手を回すととぎりぎりと抱きしめてきたのだ。
「うぎゅ、苦しい。や、やめ……」
身動きができない。逃れようとしたらニコラの胸に顔が埋まる。
声が出せない。やばい呼吸が……
そう、ニコラは恐ろしく寝相が悪かったのだ。
私は抱き絞められそのまま意識を失ったのだった。
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